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1分ほど経過したところで、受付の隣の扉が開き、30代くらいの男が現れた。朱里は素早く立ち上がって男を出迎えた。
「落合さんですね? すみませんお待たせして。私、総務課主任の田上と申します」
田上が会釈しながら言った。中背中肉の体躯をグレーのスーツで包み、面長の顔に銀フレームの眼鏡をかけている。これといった特徴のない容姿。会社員として実直に働き続けてきたことが窺える。
「いいえ、こちらこそお時間を頂戴しましてありがとうございます。TN生命の落合でございます。本日はどうぞよろしくお願い致します」
朱里は淀みない口調で言うと、きっちりと腰を折って頭を下げた。角度は45度。ビジネスマナー研修で叩き込まれた所作は完璧に身についている。
「部屋にご案内します。私の上司がそこで待っておりますので、詳しいお話はそちらで」
田上が言った。朱里は顔を上げて頷きながら、失礼にならない程度に田上を観察した。謹厳実直を絵に書いたような田上は、上司の判断に楯突くような真似はまずしないだろう。つまり今日の商談の行方は、上司を攻略できるか否かにかかっている。ターゲットを設定したことで、自分の中に闘争心が滾っていくのがわかる。
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