カッコウの森

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「お父さん、ずっとリナのこと思ってたよ、忘れたことなんてなかった。それでね、リナもお父さんのこと忘れてなかったって、あの日、無縁仏の墓を参ってくれたときわかってさ、本当にうれしかったんだ。お父さんのこと、探してくれてありがとう」  父の瞳からこぼれた涙の粒が、二人の手の上にぽたりと落ちた。 「さあ、自分の身体に戻りなさい、そして、ちゃんと、みんなに謝るんだ。まずは、そこから始めてごらん。そしたら、リナの心の石も、ゆっくり流れ落ちていくはずだよ」  リナは父の手を握り返した。父は優しい笑みをたたえ頷いた。その顔を目に焼き付けるようにしばらく見つめてから顔を上げて、あたりの人々を眺めまわすと、小さく頭を下げた。そして、すうっと、消えていった。  一筋の風が吹き抜けて、木々がざわざわと音を立てた。  それを合図に、呆けた顔で座り込んでいた総一郎は、瞬時に我に返った。辺りを見回し、うろたえた声を上げる。 「リナ、リナ、リナさん?あれ、どこ行っちまったんだ、あ、ジコー、ふみちゃんも、あれ、トオル、なんで全さんと首オヤジ、のっけてんだよ。わわ、そんなことより、なあ、ジコ―、リナさんはどこ行っちまったんだ、なあ、わあ、手から血い出てる、なんでだ」  ジコ―が答える前に文香がずかずかと歩み寄り、おもむろに、総一郎の顔面に右ストレートパンチを繰り出した。無防備に殴られて、大の男がもんどりうって、ぶっ飛んだ。 「みんな、帰ろう、こんなとこうろうろして、マダニにでも噛まれたらやっかいだし、熊に出くわしでもするのはごめんだわ」  文香に促されてぞろぞろと引き返す一行の後ろ姿を呆気にとられて眺めていたが総一郎だったが、仕方なく立ち上がり、尻をぱたぱたと払って、けだるそうに歩き出した。  フクロウの声が、ホーホーとせせら笑うように響いていた。
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