カッコウの森

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 リナは文香の手を振りほどき、斜に構えて挑むように言い返した。 「そんなのもう、どうでもいいわ。どうせ、わたしは、もうすぐ死ぬんだもの。関係ないじゃない」  文香は、逃れるように後ずさるリナをまた捕らえて、顔を無理やり自分の方に向かせて、暗い瞳の奥を覗き込みながら、凄みのある声で言った。 「あんた、死なないわよ。あんたの身体に異常はないの。あんたの意識がずっと戻らない原因がわからないって、ドクターが首かしげてた。身体は治ってるのに、心がこんなとこにいるんじゃ、起きれないわよね。さあ、いいかげん、身体に戻りなさい」  コロン、コロン。  不意に鳴った鈴の音に、文香は振り返った。すぐそばに、浦さんが立っていた。手には赤い花柄の刺繍の紐からぶら下がった、ずんぐりした形の鈴を持っている。リナはその鈴を食い入るように見つめた。 「お父さん、それ…」  浦さんは膝を折ってリナの前に屈みこみ、にっこりと笑って、目の前で鈴を振った。コロン、コロンと、軽やかな音が響いた。 「うん、リナが昔、父の日にくれた、クマよけの鈴だよ。お父さん、死んだときに、これをずっと握りしめてたから、弔ってくださった方が、一緒に御棺に入れてくれたんだ」  そう言いながらリナの手をとり、鈴を握らせて、ぎゅっと両手で包み込んだ。
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