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外の騒動を気にするように、リナは眉を寄せて扉を見つめていた。その横顔を心配そうに見ている義父の視線に気付いて、言い訳するように振り向くと、にっこり笑ってから頬をぷうっと膨らませた。
「お母さん、まだかしら。おとうさんはずっといてくれるのに、お母さんは、来たり帰ったり、忙しいんだから」
義父は目を細めて応えた。
「ああ、さっき、電話で話したよ。リナに頼まれてた本が見つかったから、それを持って向かってるって。もうそろそろ、着く頃じゃないかな」
「そう」
興味があるのかないのか、そっけなく返事して窓に目を向けた娘の横顔を眺めながら、義父はひとつ咳払いをすると、意を決したように口を開いた。
「いいのかい、リナ。彼が、夢に出てきたっていう、総一郎くんじゃないのかい。せっかくお見舞いに来てくれて。できればお父さんは、彼にもちゃんと謝りたかったんだけどねえ」
リナは首を傾けて、ゆっくりと横に振った。
「いいの。だって、わたし、人を殺しかけて、これから罪を償わなきゃいけないのに、彼を関わらせたくないの」
遠い目をする娘の頑なな口元を見て、義父は小さくため息をつくと、眉をひそめて頷いた。
窓の外は、真夏の日差しが降り注いでいる。木陰で涼んでいるのだろうか、生命力にあふれた葉を茂らせた大きな木の幹に、二羽のヤマガラがちょん、ちょんととまってピチュピーと軽やかに鳴いている。
遠くに連なる、緑の山々を背にして、トンビが大きく弧を描いて飛んでいる。
リナはクマよけ鈴の赤い紐を指先につまんで、目の高さにかかげながら言った。
「ねえ、おとうさん、わたし、いつか、北アルプスの山に登ってみたい。山の上から、いろんなものを見てみたいわ。この鈴を持って行けば、きっと登れるわよね」
娘の顔をじっと見つめる。その瞳は、以前よりも澄んでいた。まっすぐに、未来へ向けられた目だと、義父は思った。
目頭が熱くなるのをごまかすように大きく頷くと、せいいっぱいの笑顔で応えた。
「そうだね、いつか、お父さんとお母さんも一緒に、三人で行こう。きっと、山も喜んでくれる」
鈴の音が、コロンと響き渡る。
滴る山が「待ってるよ」と応えてくれたような気がした。
《完》
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