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不安そうに身を乗り出す婦人に坊主は真面目くさった顔で頷きかけると、数珠をじゃりじゃりと握りしめ、目を閉じて低い声で語った。
「とり憑いているのではありません。あなたのことを心配して様子を見に来られたのです。どうにも物思いにふけっているのは、あなた自身のお心の問題。お子様たちが独立されて、あなたは自分の役目を終えてしまったのではないかと思っておられる。あなたはあなたの人生を楽しむことができていない。 もっと、広い視野で世の中を見るのです。新しいコミュニティに、例えば、踊りだとか、絵画だとか、そういった趣味の会に参加するなどして、もっと、残された人生を充実させてほしい、そう願って、お爺様はあなたに語りかけておられます」
婦人は大きな目をいっそう大きく見開き、息を吸い込むとうんうんと勢いよく首を上下させた。
「そうかも、そうかもしれません。私、学生時代、テニスに夢中でしたの。けれど、段々に、日々の暮らしに追われて、そういったものを忘れていました。祖父は、それを覚えていてくれたのですね。もう一度、テニスを始めてみます」
そう言って、彼女はレースのハンカチで目頭を押さえた。坊主は目を閉じたまま太い眉毛を寄せ、数珠を握り直し、腹の底に響くような声で経を唱え始めた。婦人は慌てて背筋を伸ばし、頭を垂れて手を合わせる。
数分間、ありがたそうな経を唱え、最後にカッと目を見開くと、恐ろしい形相で締めの「カーッ」という喝を入れた。
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