兄弟喧嘩

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 連なる北アルプスの山々に囲まれた、信州の田舎町のはずれにひっそり佇む古寺、この明心寺は、さほど規模は大きくはないのだが、知る人ぞ知るありがたい寺であった。それは、この寺に特別なご利益があると、囁かれているからである。  この寺のもっとも得意とするもの、それは亡者祓いであった。なんでも、八代前の住職が山籠もりの厳しい修行の末、どんな霊もたちどころに祓ってしまう霊験あらたかな技を習得した、らしい。それ以来、後を引き継いだ住職が、悩める人々を救ってきた。  しかし、昨年、父が急死したため、二十八歳でこの寺の跡を継ぎ住職となった慈光(じこう、幼名はしげみつ)は、ある問題に頭を悩ませた。  寺に受け継がれた秘伝の技を習得できていない、というわけではない。なんなら、慈光は幼い頃から筋がよく、十代半ばには、父のアシストができるくらいになっていた。  では、何が問題なのかといえば、簡単に言えば見えないのである。  別に目が見えないわけではない。視力は両目とも二・〇以上ある。だが、肝心の亡者の姿が毛筋ほども見えないのだ。これは致命的な問題だ。いうなれば、患部が見えない天才外科医のようなものである。いくら手術の腕がよくても、患部がどこにあるのかわからず、あてずっぽうに治療されてはたまったものではない。
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