隣町のカンランシャ

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今日朝起きると、知らないアドレスからメールが来ていた。 もちろん登録していないから、誰からなのか名前もわからない。 「おはよう!ちょっと頼みたいことがあるんだ。  こんなことあなたにしか頼めないから、ぜひ引き受 けてほしいな!  あなたの住んでいる隣町に、観覧車があるでしょ?  きっと、あなたの部屋からも見えると思う。  その観覧車に乗って、一番高いところから写真を撮ってほしいんだ。  そしてその写真を私に送ってほしい。  訳あって私は今、その観覧車に乗ることが出来ない。  しかも一度も乗ったことがないんだ。  あなたに代わりに乗って来てほしい。  そしてそこから見える景色を私に見せてほしい」 メールにはそう書かれていた。 新手の出会い系メールだろうか。 もしそうだったら、とても斬新だ。 無視して削除しようと思ったが、そのメールが気になって仕方なかった。 でも、どうして私の住んでいる町を知っているのだろうか。 確かに私の部屋からは、隣町の丘に立っている大きな観覧車が見えた。 メールの子と同じように、私も観覧車に乗ったことがなかった。 乗ってみたい気持ちはある。 でも存在が近すぎて、行動に起こすまでに至らなかった。 今日は別に用事もない。 もしかしたら、このメールが良いきっかけかもしれない。 あの観覧車から見える景色を、この子に見せてあげよう。 私を部屋を出て、観覧車に向けて歩き出した。 行きたかったけど、やっと行動に移せたこと。 そして会ったこともない人のお願いを叶えてあげよう としていること。 その両方が私をウキウキさせた。 どこか冒険に出かけるように、気持ちが高揚していた。 観覧車の真下に着いて上を見上げる。 想像していたよりも、遥かに大きかった。 その大きな存在に怯むことなく、自分の足を前に進めた。 観覧車に乗り込む。 少しずつ上へ上へと昇って行った。 少し緊張しているのが分かる。 風の音が聞こえる。 私の住む町のさらに遠くまで見渡すことができる。 遠くに大きな川が流れている。 さらに向こうには海も見ることができた。 頂上に着くころには、観覧車が見せてくれるものに夢中になっていた。 大きな空はさらに大きな存在となり、大地の迫力に圧倒された。 私はカメラを向けた。 青い空には飛行機雲が真っぐに伸びていた。 蛇行した川と大きな海を背景に、その飛行機雲を写真に収めた。 その写真をメールで送る。 メールのあの子が喜んでくれたらと素直に思った。 すぐに返事が来る。 「ありがとう!やっぱりとても綺麗だね!私も1度でいいから、この目で見たかったよ。本当にありがとう!これお礼です。コーヒーでも飲んでね」 文章と共に、スターバックスのコーヒー券が添付されていた。 これを見せれば、タダでコーヒーが飲めるらしい。 観覧車を下りて、私は近くのスターバックスに入る。 観覧車の見える窓際の席で、コーヒーを飲んだ。 あそこに自分がいたということが不思議に感じられた。 高揚感が冷めるのを、コーヒーを飲みながら待つことにする。 「熱心に観覧車を見ておられるんですね?観覧車お好きなんですか?」 声のする方に振り向くと、スターバックスの店員さんが笑顔でこっちを見ていた。 「さっき乗って来たんです。とても綺麗な景色で感動しました」 「それはよかったです。ただ残念なことに、もうすぐあの観覧車は取り壊されるんです」 「そうなんですか?いつなくなるんですか?」 「来月には取り壊しの工事が始まるそうです。とても残念です」 「観覧車の跡地には何かできるんでしょうか?」 「大きなショッピングモールができるようです。  このスターバックスもそこのテナントになります。  観覧車の跡地にできるということで、観覧車ショッピングモールという名前になるそうです」 そう言って、店員さんは仕事に戻って行った。 あの素敵な観覧車がもうすぐ無くなってしまうという事実に、気分が落ち込んでしまった。 何気なく、朝に来たメールを読み返す。 お礼で来たスターバックスのコーヒー券に目をやる。 そのコーヒー券の隅には、「観覧車ショッピングモール店発行」と書かれていた。 私は混乱した。これは未来にできるであろうスターバックスで発行されたものではないのか。 私はメールに返信をする。 「あなたは一体だれなの?どこにいるの?」 返事はすぐに来なかった。私はイライラした。 「お客様」と店員さんがまた声をかけてきた。 「この店舗ももうすぐ閉店となりますので、記念にマグカップを差し上げております」私はお礼を言って、マグカップの入った箱をもらう。 マグカップには、スターバックスのマークの横に今日の日付が手書きで書かれていた。 私の携帯が震える。メールの着信だ。 あの子からの返信だった。 文章は何も書かれていなかった。 その代わりに写真が添付されていた。 その写真は、スターバックスのマグカップだった。 そしてマグカップには、今日の日付が手書きで書かれていた。 私がさっきここでもらった物と同じ日付だった。 またメールが来る。 「私は10年後のあなたです」 そう書かれていた。 「10年前の私は下から観覧車を見上げることができませんでした。今あなたがいるスターバックスから、ずっと見ていたんです。私は最後まで乗ることができなかった。そのことを10年間も後悔し続けたのです。あなたには感謝しています。本当にありがとう。あなたにもらった写真を大事にします」 窓の外はすっかり暗くなっていた。 観覧車はキラキラ輝いていた。 その姿を私は写真に収める。 今ここにる私自身のために。
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