001

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 母は休みの日、夜になるとお酒を飲みながらアルバムを開いた。  アルバムの中には父も、楽しかった時間も写されている。  だから私も、アルバムを見るのは好きだった。 「あーちゃん、覚えてるー? これはねぇ、パパが……」  母は必ず、アルバムの写真一を枚ずつ説明をしてくれた。  何度も、何度も、何度も、何度も……。  覚えていないはずの私の記憶が、増えていく。  この時はどうだった。あの時はどうだった。これはこうしたんだよ。  そうだったよね?  母のと会話は、楽しい時間のはずだった。  それなのに、なにかが違う。  でもその違和感がなんなのか、表現することは出来なかった。  ただ、優しく語り掛けてくれる母がいる。  それだけで私の心は満たされていたから。 「ママ、この時パパは遊園地の帰りに道間違えたんだよね」 「あーちゃん、よく覚えているねー。そうよ、大変だったのよ。日帰りで帰って来るハズが、帰れなくて泊まったんだから」 「うん。でも楽しかったね」 「そうね。あーちゃんはよく覚えてて、頭がいいわね」 「えへへ」  そう覚えてる。  母が話したから。  覚えてる。  母が褒めてくれるから。  全部、全部。  これが現実逃避なのか。なんなのか……。  だんだんと母は、記憶すらも自分の都合のいいものに変えて行った。  父が出て行ったのは、全部父のせい。  自分に新しい彼氏が出来ないのは、私がいるせい。  書き換えられていく過去たち。  塗り替えられていく母の記憶。  そして比例するように増えるアルバムと、お酒の量。 「あーちゃん、お酒買ってきて」 「もうないよ」 「なんでないのよ! あたしが養ってやってるんだから、買ってきなさいよ!」 「お母さん、ココではお酒はもう飲めないのよ」 「なんでよ!」  いくら説明したところで、母にはもう私の言葉は通じない。  施設の人にひとしきり頭を下げると、私は母の部屋をあとにした。  きっと遠くないうちに、母の中の私はなにかに変化するだろう。  その日の帰り道、私は解体される家をずっと見ていた。  あのアルバムも、歪んだ過去も全てガラガラと崩れ落ちていった。  
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