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母は休みの日、夜になるとお酒を飲みながらアルバムを開いた。
アルバムの中には父も、楽しかった時間も写されている。
だから私も、アルバムを見るのは好きだった。
「あーちゃん、覚えてるー? これはねぇ、パパが……」
母は必ず、アルバムの写真一を枚ずつ説明をしてくれた。
何度も、何度も、何度も、何度も……。
覚えていないはずの私の記憶が、増えていく。
この時はどうだった。あの時はどうだった。これはこうしたんだよ。
そうだったよね?
母のと会話は、楽しい時間のはずだった。
それなのに、なにかが違う。
でもその違和感がなんなのか、表現することは出来なかった。
ただ、優しく語り掛けてくれる母がいる。
それだけで私の心は満たされていたから。
「ママ、この時パパは遊園地の帰りに道間違えたんだよね」
「あーちゃん、よく覚えているねー。そうよ、大変だったのよ。日帰りで帰って来るハズが、帰れなくて泊まったんだから」
「うん。でも楽しかったね」
「そうね。あーちゃんはよく覚えてて、頭がいいわね」
「えへへ」
そう覚えてる。
母が話したから。
覚えてる。
母が褒めてくれるから。
全部、全部。
これが現実逃避なのか。なんなのか……。
だんだんと母は、記憶すらも自分の都合のいいものに変えて行った。
父が出て行ったのは、全部父のせい。
自分に新しい彼氏が出来ないのは、私がいるせい。
書き換えられていく過去たち。
塗り替えられていく母の記憶。
そして比例するように増えるアルバムと、お酒の量。
「あーちゃん、お酒買ってきて」
「もうないよ」
「なんでないのよ! あたしが養ってやってるんだから、買ってきなさいよ!」
「お母さん、ココではお酒はもう飲めないのよ」
「なんでよ!」
いくら説明したところで、母にはもう私の言葉は通じない。
施設の人にひとしきり頭を下げると、私は母の部屋をあとにした。
きっと遠くないうちに、母の中の私はなにかに変化するだろう。
その日の帰り道、私は解体される家をずっと見ていた。
あのアルバムも、歪んだ過去も全てガラガラと崩れ落ちていった。
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