第2話

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第2話

 数日たてば草刈りにも慣れてきた。  ただ、アホウドリには慣れず、旋回しているカエル声を聞くと、耳障りな気分になってくる。    アルバイト中、蓮豆さんは灯台から出てこない。  整備の仕事が忙しいんだと思う。  晩ご飯まで作ってくれるので、さすがに手伝ってくれとまでは言えない。    森のように茂っていた青草も、じょじょに姿を消していく。  刈ることに集中し、アホウドリにイラつく自分を抑えた。    蓮豆さんと晩ご飯を食べていると、自然とおたがい会話するようになった。  といっても、蓮豆さんのほうが話し好きなので、食事中ずっとしゃべっているんだけど。  年下の私は聞き役に徹することにする。   「それでさぁ。前の灯台守、女性だったんだけど、男ともめたとかで辞めちゃったのよねぇ。私は臨時職員だってのに。嫌になっちゃうわぁ。あっ、この野菜スープ。その人から教わったの」    蓮豆さんは味の薄い野菜スープをあきもせず食べている。  どうでもいいので、私はジャガイモをスプーンでいじっていると、とある言葉が耳に入ってきた。   「けっきょくはさ――男と女ってわかりあえないのよねぇ」    最初の話から忘却していったのに、それだけが妙に私の心に突き刺さった。  蓮豆さんは白い歯を見せながら、   「あっ、そうそう。今日って、いつだっけ?」    と言った。 *  草刈りもだいぶ終わり、土肌がどんどん見えてきた。  ただそうなると、夏の暑さが増してくる。  さすがに息苦しくなり、セーラー服のスカーフを外した。 「あっ」  海から来る突風に、スカーフが運ばれてしまう。  それをうまく、アホウドリがくちばしでキャッチした。  鳥は私をチラ見すると、灯台のほうへスカーフを持っていく。    私の怒りが爆発し、鎌を持ってアホウドリを走って追いかけた。    ――殺してやる!    私の大切な物を、鳥ごときに奪われるのが許せなかった。  蓮豆さんの忠告を忘れて、私は殺気立っていた。    アホウドリは灯台の中に入っていった。  私も灯台に入り、窓から入る点々とした光を頼りに、盗っ人を追いかけていく。    アホウドリは私が近づくと飛び上がり、十分な距離を取ると、窓辺に降りたってこちらを向いた。  まるで追いかけてこいと、言わんばかりだ。    私は鎌を投げつけたい衝動にかられたけど、外すことがわかっているので、我慢して近づき、確実に殺すつもりでいた。  灯台の廊下を走っているけど、いっこうにアホウドリに追いつく気配がない。    ――こんなに廊下って長かったっけ?    蓮豆さんと灯台内を見学したことがあったけど、こんなに長いとは思わなかった。  息が苦しくなっていく。  窓から差す光は、床から舞い上がる白いホコリを浮かび上がらせる。    汗を流し、さすがに足を止めようとしたとき、アホウドリが四角のタンクの上に降り立っているのが見えた。  両目が不気味に光っている。  私がふらふら近づくと、スカーフをタンクの上に置き、窓から外へと飛んでいってしまった。    タンクには蛇口がついていた。  貯水タンクだ。  喉がカラカラなので、私は水を飲もうと蛇口をひねった。    両手で水をすくい、口に当てた瞬間、水を廊下に吹き出してしまった。     「――この臭い」      水から腐った臭いがたちこめてきた。  ただでさえ気分が悪いのに、ますます悪くなった。  指に細長いものがからまっている。    ――髪の毛?    なんで貯水タンクから髪の毛が?  私は訳がわからず、スカーフを取るために、タンクのタラップを上った。  タンクの上のスカーフのそばには、フタがあった。  私の心がざわめく。    ――そのフタを開けてはならない、と。    つばを飲み込み、蓮豆さんを呼ぼうかと思ったけど、思考がうまく回らず、タンクのフタを開けてしまった。 *  蓮豆さんといつものように晩ご飯を食べる。  メニューは野菜のスープにご飯。  私はトマトを煮て作った、血のようなスープを見つめる。 「どうしたの? 食欲ないの? 同じメニューでごめんねぇ。でも今日で最後だから我慢して」  蓮豆さんは黙々と気にせずスープを口に運んでいる。  私は蓮豆さんの目を見つめた。  蓮豆さんは私の視線なんて気にしてない。  私は意を決して、   「――この野菜スープ、どうやって作ったんですか?」 「え? そりゃ適当に農家からもらった野菜入れて……」 「水はどこから手に入れたんですか?」 「えっ? 何? 貯水タンクからだけど……」    厳しいけんまくに驚いたのか、蓮豆さんは手を口にやって言う。  うそだ。  あんな水で――料理はできない。   「貯水タンクの中を見ました――死体がありました」    私は彼女の目をにらむ。    蓮豆さんの手に持ったスプーンが、ピタリと止まった。
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