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「――はい」
認めると、もう止まらなかった。
高校で明と出会って、バンドを始めて、デビューも決まって。
うまく行っているのに。
明が曲の途中で俺を振り返って、笑うだけで見とれて、苦しくなってきた。
曲の間だけは、俺達は一体だと思っていたのに、だんだん観客の数が増えて、明が注目されて。
仁美さんのことだって、最初は祝福できてたのに、今は帰ったら明は彼女のものなんだと思うと、たまらなく嫌で。
僕だけを見ていてもらいたい、時が止まればいいのにと本気で思う。リズムを刻んでいるのは僕だ、僕がいないと明は歌いだせないはずだ。
ダメだとわかっているのに、試すように手が止まってしまう。
曲が始まったら、終わってしまうから。
「こんなの、明とドラムに対する二重の裏切りだ。僕はもう、音楽をやる資格がない」
蓮司さんは僕の肩をぽんぽん、と叩いた。
「俺はお前とリズム隊やるの好きだけどな。それはお前が楽しんでるのが大前提なんだ。苦しむのは見たくない。それに……」
蓮司さんは酒を飲んで、沈黙した。
優しいな、と思う。
「不調のドラマーがいるままでは……これからのプロの世界、通用しないだろう」
蓮司さんが言うのをやめたのは、つまりはそういうことだろう。
僕は笑顔を作った。
「うん、やっぱりもう明のそばにはいられない。
ごめんなさい、蓮司さん。
僕、バンドやめます」
言った後、肩が軽くなった。
だけど、悲しんでいるであろう蓮司さんの顔からは、目を逸らした。
「わかった。
この後どうするのか決めてるのか」
「しばらく一人で考える」
帰り支度をした僕に「おい」と声がかかる。
「バンドやめたって、お前は大事な友人だからな」
「ありがと。……蓮司さん、電話鳴ってるよ」
「また連絡しろよ」
曖昧に笑って、ドアノブから手を離す。
その、数秒の間。
「明? どうした?」と電話の声が聞こえたけど。
もう僕に続きを聞く資格はなく。
ドアは、パタンと閉まった。
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