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智春、5年後
「三倉主任、ルミナスって好きですか?」
「え?」
仕事の休憩時間。後輩の女の子が急に聞いてきた。
「まあ、そこそこ」
文房具を扱う会社、その総務部に僕はいる。バンドなんて派手なもの、縁がないですって顔をして。
「じゃーん!」
後輩が携帯を突き出す。
画面には「当選しました!」の文面。
「私明日ライブ行くんです!
すごくないですか!?」
「へぇ、すごいね。
……ファンになって、長いの?」
「そうなんですーあの3人、最っ高なんですよ!」
「……」
「昔は僕もいたんだよ」なんて言う気も起きず。
嫌な気分でもなかった。
もう、世界が違う。
退社して冬空の下、人の流れに沿って歩く。
案外、気づかれないもんだな、と思う。
就職する時に髪を染めて短く切った。食欲が落ちて、痩せた。ルミナスが有名になっても、デビュー前の動画がそのままでも、僕が街で呼び止められることはなかった。
横断歩道を渡る時、人混みの中で懐かしい香水の匂いがした。
昔、つけていた香水。
「トモ、タバコくさいからこれつけろよ」と誕生日に明からもらった香りだった。
僕は足を早める。
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