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俺は休憩コーナーへ向かった。缶コーヒーを買って、ベンチに先客がいるのに気付く。
「マサ」
「明。ここ座る?」
「ん」
座ると空調の音が聞こえるくらい静かで、窓の外に都会の夜景があって、少し落ち着いた。
「ごめん、俺またやりすぎた」
「いいよ。それよりさ、打ち合わせの時の電話、仁美からだったんじゃない?」
マサの姉、仁美と俺は同棲している。
「なんかあいつ最近キレやすいんだよ」
去年の今頃は、結婚式の話をしていた。金もないし感染症は流行ってるし、家族だけで、と話していた。楽しみにしていたのに今年の夏、デビューが決まり状況は一変した。
「バンドメンバーと事務所の人たちにもお披露目会をしよう」と言うと仁美はキレた。
「なんで私は友達呼んじゃいけないの?」から始まり、家事のこと、職場の不満......地雷を踏むと十倍になって返ってくるようになった。
帰っても機嫌が悪いんだろうと思うと憂鬱だった。
「ごめんね。俺、話しようか?」
「いやいいよ。弟を味方につけて! って逆ギレされそう」
「そっか。ま、愚痴くらいは聞けるからさ」
「サンキュ」
適当に選んだ缶コーヒーはおいしくなかった。
さっきのお湯、やっぱ飲んでくればよかったな。
スタジオに戻ると、トモが「携帯鳴ってたよ」と教えてくれた。仁美からの着信が何回も入っている。かけ直しても出ない。
俺を見守る3人に、「悪い、今日はもう終わろう。お疲れ」と荷物をまとめた。皆が話しているのを置き去りにスタジオを出た。
胸騒ぎがする。
マンションに帰り着きドアを開ける時、なぜかトモの顔が浮かんだ。
これからも一緒にやっていく大事な仲間なのに、謝るタイミングを逃してしまった。
また、話さないと。今度は落ち着いて。
大人にならなきゃな。
「ただいまー」
玄関は暗かった。が、人の気配がする。
「……仁美?」
電気をつける。
仁美が廊下に倒れていた。
「おいっ!」
俺は急いで彼女に駆け寄った。
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