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明、5年後
「蓮司さん、俺さ、最近あいつの顔がちらつくんだけど」
「あいつって」
「智春」
曲ができない、とぼやく俺を、蓮司さんはドライブに誘ってくれた。
冬の早朝、海が見える写真撮影スポットに、黒いカマロを停める。人気はない。
外に出て、俺は白い息を吐いた。二人とも眼鏡に帽子。デビューして5年、ドームツアーまでやるようになった俺たちは、変装しないと外を出歩けない。
自販機を見つけて、コーヒーと迷ったあげく、はちみつレモンを選んだ。「喉は大事にしないと」と誰かに言われたな、と考えて、トモに行き当たったのだ。
あれからずいぶんと経つのに、トモはこんな風に俺の頭に顔を出す。
「トモか。今頃何してるんだろうな」
「蓮司さんには連絡こないの?」
「来てたらお前に言うよ」
「だよね」
俺は蓋を開け、甘い飲み物で喉を温めた。
「トモもさ」
「うん?」
「あの時、調子が悪いだけじゃなくて、バンドを抜けてでも守りたいものがあったんだろうなーって、最近思うんだ。
教えてくれなかったのがしゃくだけどさ」
突然、パシャ、パシャとカメラの音がした。
「蓮司さん」と少し困って先輩を見ると、彼は「いい表情」と笑った。
蓮司さんは最近俺やマサの写真をよく撮る。腕がよく俺の写真集、雑誌、CDのブックレットにも使っている。
器用だな、と思う。
俺ももっと器用で大人だったら、トモを引き留められたんだろうか。
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