一期一会と魔法の言葉

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一期一会と魔法の言葉

「良かったら見ていってください!研磨から自前で行っているルース屋だよー」  大きな声で呼び込みを行っているその店舗には何人か先客が居る。長机に無造作に小箱が陳列されているだけの簡素な店構えだが、店主の呼び込みで客足は絶えないようだった。 (ルースのお店か…)  リッカのオパールセンサーが反応する。「ルース」とはまだ宝飾品に加工されていない研磨された状態の石の事である。好きなルースを買って宝飾品に加工するものも居れば、ルースそのものの状態で愛でる者もいる。石をどう加工するかは加工を専門とする研磨師の腕に左右され、同じ石でも加工する者によって見栄えや価値が大きく変わるのだ。 (石を仕入れて売る宝石商さんのようなタイプもいれば、原石を購入して自分で磨くタイプの人も居るんだよね)  「自分で研磨をしている」という点に惹かれ、ふらりとその店に引き寄せられる。 「げ」  机に並べられた小箱を人混みの隙間からちらりと見た瞬間、「まずい」とリッカは思った。無造作に並べられた箱の中にちらりと見える赤い輝き。それはまさしくオパールのそれだった。 (どれどれ)  順番を待って目当ての箱の前に陣取るとじっと小箱を見つめる。 「すみません、手に取って見て良いですか?あと、ペンライトも」  店主に声をかけてから小箱を手に取り、様々な角度から石を眺める。オパールは夕日のようなオレンジ色の中に赤い遊色を湛えている。それを傾けると緑色の光が現れ、見る者を楽しませてくれるのだった。鞄からペンライトを取り出し、石に当てると石が透き通って見える。 (ペンライトを当てないと内側に傷があるか分からないからね)  昔買った石を持ち帰りペンライトを当てたら大きな亀裂があった事に気づいてショックを受けた事があった。それ以来必ず光を当ててチェックしてから購入する癖がついたのだ。 「お姉さん、オパール好きなの?」  店主の男性が話しかけてくる。 「はい!これ、お兄さんが磨いているんですか?」 「そうなんだよ。原石を買い付けて、綺麗に取れそうな所を切り出して磨いているんだ」 「なるほどー。綺麗ですね」 「そうだろう。オパールはまだまだあるから見ていってよ」  そう言うと店主は後ろに置いてある大きな箱から何やら沢山の小箱を取り出し始めた。 (え、まさか……)  リッカの目は思わずその小箱に釘付けになる。やがて目の前に広げられたそれは、まごうこと無き大小色とりどりのオパールたちだった。まずい、このままだと大量に買ってしまう。 「赤いのは好みじゃないんです。青くて透明なウォーターオパールじゃないと……」 「ウォーターオパールなら沢山あるよ!おじさんもウォーターオパールが大好きでねぇ」  その言葉と共に出て来た大量のオパールを前にして、「欲しい」という感情を抑える事は出来なかった。だって宝石との出会いは一期一会だから……。  リッカには最近覚えた「魔法の言葉」がある。「魔法」がある程度浸透しているこの世界において最強だと思った「魔法の言葉」。それが自然と口から滑り出た。 「おじさん、カード使えますか?」  店主はにこやかな笑顔でこういった。 「勿論、使えますよ!」  リッカは数点のオパールを手に入れた。 (やってしまった)  だが、不思議と後悔はない。だってこんなに素晴らしいオパールに出会えたんだから。作品が売れないという悩みは一瞬だけ脳内から消し去られた。あれだけの母数があったのだから、自分好みの石が無い訳が無い。大好きな星が散っている青いオパールが何個もあって、その中で悩みに悩んで数個を選び抜いた。数個に絞っただけ偉いんだ!と謎の自信に溢れていた。  愛らしいオパールたちを鞄に入れてホクホクした顔で店に戻ると、丁度宝石商がお客さんに手提げ袋を渡している所だった。 「あ、リッカさん!おかえりなさい。今一つ売れましたよー」 「え!本当ですか!ありがとうございます」 「その顔は何か良いことでもありましたか?」 「それが!聞いて下さいよー!実は……」  そう言いかけて我に返る。売上以上の買い物をしてしまったと。 「もしかして…何か買っちゃいました?」 「……」  目を合わせないでいるとふふ、と宝石商が笑った。 「まぁ、良いのでは。石との出会いは『一期一会』なんでしょう」 「……はい」 「あ、やっぱり石を買ったんですね」 「う……。仕方ないんです!出会ってしまったんですから!運命だったんです!」 「ふーん」  宝石商はリッカの顔と棚の上の宝飾品を見比べた。 「リッカさんって、オパール好きなのにオパールを使った宝飾品を作らないですよね。なんで?」 「あー……気付いちゃいました?」  気まずそうな顔でリッカは言う。 「まだ自信が無くて。石座作るの苦手だし、石留めも下手だから…。オパールに傷がついたら嫌だなーとか、活かせなかったらどうしようって。怖いんです」 「でも他の石ではこうしてペンダントを作って売ってるでしょう?自信が無いのに売るってお客さんに失礼なんじゃないですか?」 「う……」  それは自分でも良く分かっている事だった。石留めと石座に自信が無い。けれどそれを商品として売っていて、お客さんはお金を払って買ってくれる。お金を払って購入している人に対して失礼な事をしているのではないかと。  しかし自信を持つ、と言うのはなかなか難儀な物で、一度根付いた苦手意識を取り去るのは簡単な事ではないのだ。 「分かっています。こういう所直さないとって……。さっき別のお店の人に言われたんです。そうやって作れているから出来ない訳じゃないって。分かってるんですけど……」 「難しいと」 「はい……」 「大分根が深そうですね」  その日は結局2個しか売れず、「まぁ、次回頑張りましょう」と言う宝石商にお礼を良い撤収した。宝石商に指摘された事を頭の中で反芻しながら疲れた身体を休めるためにリッカは床についたのだった。
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