宣伝は忘れずに

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宣伝は忘れずに

 年に2回ヴィクトリアサイトと言う文化の町で開催される大きな手仕事の祭典がある。ヴィクトリアサイトはその名の通り「ヴィクトリア」と言う女神信仰の篤い町で、文化の女神であるヴィクトリアに捧げる祭りという名目で年がら年中多種多様なお祭りが開催されているのだった。  その中でも「春の手仕事祭」と「秋の手仕事祭」は全国から工芸や宝飾品などの職人が集まる大きな祭りとして有名で、出店希望者が殺到するため事前の抽選によって出店者が決められるほどだった。リッカも例外なくこの祭りに参加しており、数か月後の「秋の手仕事祭」に向けて何か良い案が無いか頭を捻っていた。  「今度は念入りに宣伝をしたいから、まずはポスターとチラシを作るか」  本当は新作が完成した後に宣伝をしたがそれでは間に合わない。既に出来ている作品の中でも目玉にしたい物を選んで窓際の日光が当たる部分に移動する。そこに店の雰囲気に合った夜空のような深い藍色に金の泊を散らした薄い布を敷き、作品をバランス良く配置する。  そして様々な角度から記録板を使って記録する。記録板は魔道具の一種で、金属の枠の中にガラスをはめ込んだような代物である。金属の加工と付与された魔法によって機能は様々だが、一般的に流通しているのはガラスを通して見た物を記録するもので、これを複写機と併用することによって紙に印字することが出来るのである。  記録板で記録した物を持って複写機の前に立つと自動的に同期魔法が展開され、記録板の中の記録が一覧で浮かび上がる。その中から複写したいものを選択すると複写機に据えられた紙に記録が複写されるのだ。   「よし、これにしよう」  複数の角度から一番見栄えのするものを選び、大きめに複写する。 「これに文字や装飾を加えて…」  複写した紙を机の上に広げて装飾の配置を考える。星を模した指輪とネックレスがメインなので、同じように星を四方に散りばめようか。店の名前は上側に配置して、下部に配置された場所の番号を目立つように載せる。あとは「秋の手仕事祭」と「日時」も書き加えなければ。  大体の配置をメモ用紙に書いてイメージを固めると、しまい込んであった画材を引っ張り出す。ここからが腕の見せ所である。専門の店に頼む人も多いが作り手の個性を出すために手作業でポスターを作る人も多いのである。 (今回はあまり派手にしない。出来るだけ使う色の数を減らして、金色のインクをメインにしよう。星と文字は金で統一して、あとは少しだけ銀色のインクを散らす。あくまでも作品をメインに据えて、店のイメージを壊さないように……)  薄い墨で下書きを書き、その上から金色のインクでなぞっていく。根気のいる作業だが嫌いではなかった。日が沈み、その翌日もリッカはポスターに向き合って作業をしていた。 「……出来た!」  ポスターが完成したの3日目の昼だった。 「うん、良い感じ」  完成した物を前に何とも言えない達成感を感じる。それを複写機にかけて同じものを1枚と小さい大きさの物を何枚も作った。そして大きいものを店のショーウインドーの内側に外から見えるように掲げた。 (あとはチラシを色々な所に置いて貰って、お客さんに手紙を出すだけ)  広告の準備が無事に終わり、一仕事を終えた満足感に満たされたのだった。  量産したチラシを常連のお客様と宝石商に向けて発送したあと、リッカの前に立ちふさがったのは「新作」という壁だった。大型の催事は「新作」を求めてやってくるお客様が多いのだ。年に2回の特別な祭とあって全国各地から来場者がやってくる。その祭にふさわしい新作を用意しなくては。リッカは悩んでいた。 (うちのブランドのコンセプトは「夜」だからやっぱり天体や夜空をモチーフにしたいんだけど、目新しさに欠けるんだよね)  コンセプトの統一は店の色を推す為に必要な事である。だが、それがマンネリを生む原因にもなっていた。 (『無垢の宝飾品』ならではの自分らしいデザインか……。機能を求められない分、うちの作品を求めてくれる人は私のデザインに魅力を感じてくれているって事だよね)  オカチマチが「前時代的」と言われるように、リッカ達が作る宝飾品もまた「前時代」な物である。一般的に流通している宝飾品は貴金属を手仕事で加工する物ではなく、魔法技師によって魔法を使って造形・複製された大量生産品がその多くを占めていた。大量生産されている為安価で等しい品質を保っており、職人が一つ一つ仕上げ手作りしている宝飾品は高価なため「物好きが買うもの」とされる事が多いのが実情である。  しかしその一方でそのような手仕事で作られた宝飾品や装飾品を好む物もおり、魔法を介さずに作られたそれは「無垢の宝飾品」や「無垢の装飾品」と呼ばれ一部の愛好家に愛されているのも事実だ。  「無垢の宝飾品」や「無垢の装飾品」は誰の魔力も介していない空っぽの状態のため魔道具として加工する際に非常に扱いやすく、好みのデザインで魔道具を作りたい時などに蚤の市や祭を訪れ「器」として作品を購入していく物も多い。  その為「機能」よりも「デザイン性」に個性を求められる事が多く、遠方からの来訪者が多い「秋の手仕事祭」ではそれの特徴が顕著なのだった。 (蚤の市でのお客様は近場の常連さんが多いから「普段使い」の物が良く売れるけど、「秋の手仕事祭」はまた違う客層なんだよね。だから出来るだけ他の出店者と差別化していかないと埋もれてしまう)  蚤の市では日常生活で使えるような小ぶりの作品を多く販売していた。一方大型催事では多少大きく独創的なデザインでも問題はない。  資料用の本棚から魔道具図鑑や魔道具用の宝飾品図集を取り出す。宝飾品の使用用途は様々で、指輪、首飾り、耳飾り、ブローチ、髪飾りなどその対象も多岐に渡る。自分で付与する物も居れば付与師に依頼して好みの魔法を付与してもらうものもおり、主に日常生活を補助する道具として使われている。  眼鏡の代わりに視力を補助する魔法や雨避けの魔法など、身に着ける事によって少しだけ生活を豊かにするのが宝飾品型魔道具の主な使い道であった。  その使い道から日用品の範疇に含まれるため、量産型の宝飾品は既に魔法を付与された状態で販売されている物がほとんどだ。それゆえに効果と見た目をカスタムできる「無垢の宝飾品」は贈り物としても重宝され、職人拘りの一品を魔道具に仕立てて大切な人にプレゼントする者も居るのだった。   (有名な量産型魔道具だとセットの効果が広く知られていて身体の悪い所がバレちゃったりするからカスタム品を欲しがる人もいるんだよね)  「○○のペンダントをしていたら『肩凝り酷いの?』って言われた」という客の話を思い出す。それが恥ずかしいから「秋の手仕事祭」で唯一無二の宝飾品を探しに来たのだと。贈り物としても普段使いとしても使えるラインナップ。魔法を好まないリッカにとって「魔道具」としての宝飾品という存在は悩みの種なのだった。
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