暗雲

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真紘が晃と部屋を出ると、初めて見る女性が前から歩いて来た。 「あら、お帰りかしら?」 すごく綺麗だがきっと年齢は50、いや60代かもしれない。 真紘を品定めするように上から下までジロジロと見ている。 「ねぇ、こんなののどこがいいの?寝る女は選びなさい。私の育て方が悪かったみたいじゃない」 「……壊れない玩具(おもちゃ)って、かなり貴重なんですよ」 晃がそう言うと、女性は鼻で笑って去って行った。 彼女の口ぶりから、あれが極道の妻であり、晃の母親であることはすぐに分かった。 「お母さん……随分クールな人なのね」 「……昔からあんな感じだから、特に何も思わねぇよ」 背中を見つめながらそう言った彼が、まるで母親を恋しがる子供のように見えて、真紘はほんの少しだけ切ない気持ちになった。 真紘が晃と関係をもつようになって気づいたことがある。 確かに彼の言動はまともではないし、いくつもの犯罪行為を重ねてきた正真正銘のヤクザだ。 でも、少なくとも真紘の前では殺人者の冷酷な顔は一度も見せていない。 彼が将也を殺したのは事実だったとしても、そこまで強い殺意を抱いていたとはどうしても思えなかった。 真紘には、無理矢理虚勢を張って相手を威嚇し、必死に悲しみや恐怖、そして寂しさを隠そうと、紛らわそうとしているように見えてしまう。 旭のことを異様に意識しているのは、兄の将也が彼に目をかけていると思い、寂しかったんじゃないだろうか。 若頭に固執するのも、そうしないと母親が自分を見てくれないと悟ったのかもしれない。 たった一瞬彼と母親のやりとりを見ただけで、彼がどんな子供時代を送って来たのかなんとなく想像がついた。 もしこの仮説が正しいのであれば、将也を殺すように彼を唆した人物がいることになる。 そして残念ながら、それが彼の母親だと考えるのが一番自然だった。 晃の行いは決して許されるものではないが、彼のこれまでの生い立ちに思いを馳せると、彼を悪として切り捨てるのはあまりにも哀れな気がした——。
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