パンツ問題その2

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パンツ問題その2

この問題にあった素晴らしい本を、図書館で見つけました。 「パンツの面目 ふんどしの沽券」 米原万里著 筑摩書房 2005年初版 題名が柔らかいエッセイ風なので、軽い気持ちで手に取ったら、なんと服飾衣装史だけではなく、民俗学からのアプローチもしている、とんでもなく壮大な話でした。 もちろん内容は、パンツ、下半身を覆う布についての考察ですが・・・ にゃんと、参考文献が後ろに記載されているのですが、まじめに数えてみました。 142!! もっとその何倍も文献にあたったのでしょうが・・ すごいですね。 下半身を隠す布だけなのに、その緻密に詰める作者の情熱と真摯な姿勢に胸打たれます。 筆者はロシア・ソビエト時代のスペシャリストです。ロシア語通訳としても有名な人ですが、文才も素晴らしく数多くの著書と受賞歴があります。 さて、本の内容ですが、いくつかエピソードをあげておきます。 <ソビエト時代はパンツは家で縫っていたという話> 12P 「身体の記憶 ソビエト時代の下着」という展覧会で、(中略)第二次世界大戦が終了するまで、下着であるパンツが一切工業生産されなかった パンツは手作りが基本である。 家庭科の必修科目がパンツ作りだったのも、その延長線上にあったのである。 小学校4年生になると、裁縫の授業で最初に教わったのが、スカートでもなくエプロンでもなく、下着のパンツの作り方だった。 <考察> いやぁ、パンツってけっこうむずかしいよね。パーツが複雑だから・・ 4年生の子には無理っぽいと思うけど。 それも教育の場で最初につくらせるとは・・それだけ必要にせまられた状態だったのかな。 国家は工業製品に対して、パンツ生産より優先事項がいっぱいあったに違いない時代だったのだ。 <民族衣装とパンツははかない姿勢> 24P イギリス赴任の人の話で 「正装としてズボンではなくチェック模様のひだスカートをお召しになりますでしょう。 伝統的にスカートの下は、けっして下履きなど着衣してはならない、ということになっておりますのよ」 25P 「フィンランド人の亡き父は、ワイシャツの下側で下半身をくるんでおりました。」 <考察> 確かに男物ワイシャツの裾は、女性のものと異なり、裾はカーブを描き長めになっている。パンツの代用もしていたわけ。ブリーフやトランクスがでてくるのは1930年代以降だ。日本人はふんどし文化があるけどね。 <シベリア抑留でトイレットペーパーが支給されなかった話> 29p シベリア抑留された人の手記があり 「長い間のソ連抑留中、私たちは1枚のちり紙も支給されたことはなかった。 32p 「ソ連人はまったく紙を使わなかった。彼らの間に需要がないのに、どうして捕虜の需要にこたえる必要があるだろうか。」 「用便後さっと立ち上がって、ズボンを挙げる。将校も中尉までは大体同様だった」 <考察> このことで、日本人は紙をどうするか、ものすごくご苦労したという話がのっています。 排便後、水で洗う文化の国も多い中、縄にこすりつけて拭くという話も聞いたことがありますが・・ 私個人の見解として、トイレットペーパーの質で、その国の文化や国力が見えてくるような気がします。 ごわごわ再生紙で灰色のやつから、やわらかしっとりダブルのものまで。 ちなみにスーパーでトイレットペーパーを買うときに、すごーーーーく悩みます。 私のポリシーとしてシングル一択なのですが、触るとすぐに良し悪しがわかる日常不可欠グッズですから、選択は慎重になるのですぅ。 再生紙でもエンボス加工のやつは、よいと思う。 どんなに高級なお店でも、トイレットペーペーが、ごそごそでしょぼいと、がっくりきます。 逆になんてことないお店でも、ペーパーがダブルで香り付きの高級品を使っている場合もあり、ペーパー文化探求はおもしろいのです。 ええと・・まだ続きます・・ <余談ですが> 私の知り合いのご夫婦のお子さん、5歳児ですでに「てっちゃん」なのですが、彼の一番の興味は新幹線のトイレなのだそう。 あの最後に流す時の「しゅぼっ・・?」という、吸引音に心を惹かれているとのこと。 新幹線に乗ると、ほとんどトイレにいる羽目になるらしい・・ 大変ですね。こどもの探求心につきあうのも・・
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