美人薄命という古代中国話

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美人薄命という古代中国話

中華ファンタジー世界をつくるために、漢詩の世界、世界観を知りたくて何冊間の本を斜め読みしました。 漢詩の世界は男性社会と思っていたのですが、女流詩人も数人います。 女の人が漢詩を作るって・・ 日本でも紫式部や、清少納言が漢詩や漢文の知識があるのに、控えめにしか表現できない時代です。 次の本を読んで、びっくりしました! 基礎からわかる 漢詩の読み方・楽しみ方 読解のルールと味わうコツ45 鷲野正明 監修 メイツ出版 「代表的な詩人を知りましょう」というページで、生い立ちと詩作の特徴が一覧になっています。 19人出ているのですが、女性は2人だけでした。 ひとりは「子夜・しや」 生年不詳・六朝時代の呉の歌妓 もう一人が「魚玄機・」ぎょげんき」 843~871 引用18ページ 晩唐の女流詩人。字は幼微、恵蘭。 長安の娼家に生まれ、容色にすぐれ、高級官吏であった李億の愛人になったが、本妻にねたまれて別れ、その後道教の寺院に入って女道士になった。 詩文を好み、才能をうたわれ、道士になってからは、(略・漢字変換できない)当時の長安の名士と盛んに交流する 痴情にからんで、侍女を殺したため、死刑となった。 森鴎外の小説に生涯を描いた「魚玄機」がある。 考察(妄想なので・・) この時代、教養を身につけることができたのは、高級官吏を相手にする妓楼の太夫クラスでした。 魚さんはきっと母親も娼婦で、父親はわからない人だったのでしょう。 幼いころから紫式部や清少納言なみに、バリバリの頭の良い子だったと思います。 頭が良くて、美人でも職業選択ができないところが時代の悲しさですね。 彼女の生きる道は、高級官僚の愛人になるしかなかった。 頭がよく、プライドの高い彼女は愛情より、相手に肩書や金銭価値の物差ししか使えなかった。 これは彼女の特殊な成育歴に起因しているのでしょう。 愛情より、いかに自分を高く売るのか、そして愛情と称するものはカゲロウで、いつかは霧のように消える儚い夢であることも、周囲の環境から学習したのだと思います。 「人を愛する、愛されることを知らない」まま、大人になった人。
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