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「もともと、綺麗な字だなと思ってたんです。オオマササラって、カタカナで、特にオの横棒と縦棒の角度が……って、ちょっと引いてますか?」
咲来の反応を窺うように、後藤は言葉を切った。
「いや、引いてないですけど、やっぱりマニアックな人だなって」
咲来がそう答えると、後藤は声をあげて笑った。
「どんな子なんだろうって、気になってました。だから、あの日ササラちゃんに話しかけられて、俺、嬉しかったんですよ。思ってた以上に可愛い子だったから」
後藤がさらりと可愛いなんて言うから、咲来は赤面して俯いた。そんな咲来をよそに、後藤は続けた。
「あの時ササラちゃんは、匂いは人間の五感の中で一番記憶とつながりが深いと思うって、タバコのにおいをかぐと未だにパパを思い出して悲しくて寂しくてしょうがなくなるんだって、俺に言ったんですよ。覚えてますか?俺ね、たまにタバコ吸ってましたけど、それ聞いてやめたんです」
そんな話をしたことを、咲来は全く覚えていなかった。
「でもママが傷つくからパパを嫌いなふりをしなきゃいけないんだって、自分がママを守らなきゃいけないんだって、本当は院に進みたかったけどママが働けなくなっちゃったから諦めたんだって。俺、自分が聞いていい話なのかって、ちょっとドキドキしていました。それと同時に、この子はずっと一人でがんばってきたんだなと思って、心の底から応援したくなったんですよ」
咲来は恥ずかしくなった。
それだけベラベラ喋っておいて、何の記憶もないことが。
「俺、ササラちゃんに訊いたんです。匂いが記憶と一番つながりが深いんだったら、これからは、この香水の匂いをかぐ度に俺のことを思い出してくれるかって。冷静に考えれば変態ですね。でも、それだけササラちゃんに惹かれたんです。酔っ払ってるササラちゃんに、どうしても俺のことを覚えていてほしかったんです」
後藤は、ワインを口に含んで、喉を潤した。
「そしたら、言いましたよね、ササラちゃん。香水だけじゃなくて、金木犀の匂いをかぐ度に、俺のことを思い出すって。どうでしたか?この秋、金木犀のそばを通る度に、俺のことを思い出してくれましたか?」
「い、意地悪……」
咲来は真っ赤な顔で呟いた。
「悪趣味、変態。私が覚えてないの分かってて、わざと言ってますよね」
「やっぱり嘘でしたか、あれは」
後藤は、残念そうにうなだれた。
「俺なんて、匂いなんか関係なく、ササラちゃんのことで頭がいっぱいだったのに」
本当に落ちこんでいる様子の後藤を見て、咲来は迷いながら口を開いた。
「そんな話をしたことは覚えてないけど、思い出しはしましたから。金木犀の花のそばを通る度に、後藤さんが近くにいるんじゃないかって、つい探したりしてました」
咲来が恥ずかしそうに打ち明けると、後藤は耳まで真っ赤になった。
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