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「今日は香水つけてないんですか?」
お互いの顔色が落ち着いた頃、咲来はふと尋ねた。
待ち合わせ場所で後藤を見つけた時から、小さな違和感を覚えていた。香水の話で、やっとその正体が分かったのだった。
「本当はあれ、俺の香水じゃないんですよ」
後藤はワインを傾けると、ゆるりと笑った。
「あれは、元カノが置いていった香水です」
「……は?」
咲来は思わず低い声を出した。
「すみません。でも、未練があるとかじゃなくて。いや、ササラちゃんと初めて話した時はまだ少しは未練があって、元カノの香水をつけていたんですけど」
メインディッシュが並べられる間、話を中断して、後藤は再開した。
「ササラちゃんが、金木犀の匂いをかぐ度に俺のことを思い出すなんて言うから、未練がなくなった後もつけるハメになったんです。俺にとってあの香水はもう、元カノの匂いじゃなくて、ササラちゃんの匂いです」
元カノの香水をつけ続けていた理由を、後藤はそう説明した。
「でも、こうして付き合えたし、もうやめてもいいかなって。それよりは、ササラちゃんが好きな匂いがあるならそっちの方がいいなって思って」
「……馬鹿」
「ええ。俺、ササラちゃんが絡むと、自分でもびっくりするくらい馬鹿になります」
咲来の小さな呟きを拾って、後藤は満足そうに笑った。まるで褒められたみたいに。
「どうして別れたんですか?その元カノさんとは」
知りたいような知りたくないような気持ちで、咲来は尋ねた。
「まあ、早い話が、俺が研究にのめりこみすぎてたんでしょうね。一緒にいても論文ばっかり読んでましたから」
その答えを聞いて咲来は、タブレットの画面に集中している後藤の姿を思い出した。咲来が声をかけると、後藤は、咲来が申し訳なく思うくらい、すぐに画面を閉じた。
「私は、後藤さんがタブレットを一生懸命見てる姿も、結構好きですよ」
後藤の元カノに対抗心を燃やした咲来に、
「そんなの、好きにならなくていいですよ」
と、後藤は照れたように手を振った。
「ササラちゃんが近くにいると、俺、論文どころじゃなくなりますし」
「……馬鹿」
「だから、そう言ってるでしょう」
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