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打ち上げが終わった後、俺はいつも通り那月を駅まで送っていた。
もう、コイツは俺の彼女なのか。
チラッと那月を見るが、あまりそのような実感が湧かない。
那月みたいな可愛い子が初彼女だなんて、当時の俺は想像もしていなかっただろう。
まあ、恋人ができるなんて事が、俺の人生に無いと思っていたのだからあたりまえか。
「孝則、ありがとう。私と付き合ってくれて」
「え⁉︎あ、いや」
さっきのラーメン屋で、この後二人きりになったら絶対もっとくっつこうと思っていたのだが、俺は今、荒々しくに頭を掻いては、並んで歩く那月との間に距離をとっていた。
「え〜。離れちゃうの⁉︎」
照れながら、残念そうに問いかける那月。
その顔を見て、再び、カニのように少しずつ距離を縮めた。
我ながら、なんて情け無いのだろう。
しばらく無言で歩いていると、服の裾を掴まれて、心臓が跳ね上がった。ヘタレすぎて笑えてくる。あの時、コイツにキスした俺は本当に俺だったのか?
「孝則」
「なんだ?」
「私、……なんて言うか。もう今までの人と縁切ったし、これからは、孝則しか見ないから」
「………」
「信じてねっ」
顔を上げて、俺を見た那月と視線が重なった。
その目は、以前とは違う迷いのあるようなものではなくて、ただ真っ直ぐ、俺だけを見つめている。そんな感じがした。
「おう。まあ、ちゃ、ちゃんと信じてやる」
言った後、照れ臭くなり下を向きながら歩いていると、裾を掴んだままの那月は、物欲しそうに俺を見て「手」と言った。
可愛い。と、無意識に言葉が出そうになった。
こういう事がスマートにできない男で、本当に悪いな。
そう思いながら、裾を握る手をそっと包み込んだ。
やわらかくて、冷たい手だった。初めて那月を抱きしめた時と同様、一生、守ってやりたいと思った。
街の明かりが俺たちだけを照らしているように見えるのは、多分俺が、この上なく自惚れているからだと思う。
「ね」
「ん?」
「私と、私の声と、どっちが好き?」
「………。っはぁ⁉︎」
やばいくらい正解のわからない質問に、驚きすぎて顎が外れるかと思った。
「どっちって、どっちも同じだろ!」
「あははは!だよね!言うと思った」
「言うと思ってたなら訊くなよ⁉︎」
「で、どっちかって言うと?」
まだ訊くのか⁉︎
「………。どっちか⁉︎どっちかっていうと……そりゃぁ、本人だろ!」
この答えで、正解か?
覚束ない視線を那月のほうに向けると、目を輝かせ、ぱあっと喜ぶ顔が飛び込んで来たので、どうやら正答だったみたいだ。
あんな顔を見せられると、今みたく意味不明な質問も悪くないかもな。ヒヤヒヤするけど。
もうすぐ、駅に着く。
「どうする?」
「え?」
「きょ、今日、帰る?と、泊まる?」
正直、返したくない。そう思っているのに、なんだか狙っているみたいで、本心は言えなかった。
「……。え!と、と、泊まりたい……」
那月の返事に、内心やった!と思う俺は、キモいしずるいな。
チキンを治すには、時間がかかりそうだ。
このタイミングで、波瑠から『孝則君、やっと卒業だね!プレゼント、鞄の小ポケットに入れといたから!』とさくらんぼの絵文字を添えたムカつくメッセージが来ていた。
さりげなくポケットを確認すると、俺の口からは説明できない物が三つくらい入っていたので、『しばく!』と一言だけ返信した。
まったく!それくらい自分で準備するわ!
あと、三個って、多くないか⁉︎
那月は「あ、でも下着の替えとかないな。コンビニ行こうかな、お茶も買って行こう」など、小さな声で色々つぶやいている。
バレてなくて良かった。と胸を撫で下ろしながら素早くスマホをしまった。
そもそもだ。恋人同士になったからってそんな急に手出したりしないぞ俺は。いや、前にあんな事をしてしまった以上、宣言はできないのか。
那月の綺麗な横顔を見つめながら、もう一度、柔らかな手をギュッと強く握る。
絶対に大事にする!そう決めたから大丈夫だぞ。って思いを込めて。
今までと何も変わらない、変わらないまま、自然に思いを重ね合わせたい。そんな日々が、ずっと続けばいい。
「よし!コンビニ寄って帰るぞ!帰ったら、ライブの反省会だ!」
「……。え〜、うそー」
那月のげんなりした顔。
どうやら俺は、また一つ、答えを間違えたらしい。
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