Pink★Bomb

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 ケーキをひとつ、ふたつ、みっつとその女に投げつける。  画面のなかの女は手を叩いて喜んでいた。 「ユウくんありがとう! ケーキおいしいよ」  大げさに食べる真似をする女。  祐介はその笑顔を見ると、仕事の疲れが溶けていくかのような気分になった。    祐介はライブ配信アプリ『Pink★Bomb(ピンク・ボム)』にハマっていた。現在スマホに映る女性、みぃちむはこのアプリ内で人気の配信者。祐介が投げつけたケーキはもちろん本物ではなく、アプリ内の課金アイテムだ。ピンク・ボムは配信者にアイテムを贈ることができるシステムがあり、そのプレゼントを受け取っては、配信者が様々な反応をすることが暗黙のマナーとなっている。 「これで一般人ライバーランキング3位になりました! あともうちょっとで2位だよー!」  みぃちむはスマホに顔を近づける。大きな瞳にはスマホに取り付けたリングライトの輪が浮かび上がっていた。これは彼女なりのお願いなのだろうと祐介は思い、コメントを書き込む。 〈それじゃあ、大きいの贈るよ〉  画面にその表示が出ると、みぃちむは急いでスマホを持つ。スクショを撮るためだ。5,000円のウエディングケーキのアイテムを贈ると、画面のなかには派手なエフェクトが飛び散る。少し遅れて、軽やかなスクショの音がした。 「ユウくん、幸せにしてね!」  みぃちむは手でハートを作り、画面の向こうから祐介にウィンクをする。祐介はそれを見ると胸がぎゅっとなった。スクショを撮ってくれることで、まるで二人の思い出が形になったようで嬉しかった。 〈みぃが喜んでくれて嬉しいよ。あ、今のでファンクラブランキングで一位になったみたいだ〉  祐介はピンク・ボムにかなりの課金をしていた。課金アイテムは種類が豊富にある。キャンディ、ソーダ、パフェ、ケーキとアイテムが豪華になるほど値段が高くなり、配信者への恩恵も大きくなる。配信者はこのアイテムを換金できるのだ。    配信者をフォローし、一定のアイテムを投げるとファンクラブ会員になれる。会員にもランキングがあり、課金すればするほど配信内での扱いが良くなる。祐介は、ある目的を果たすために積極的に課金をしていた。  みぃちむの配信に足繁く通っていたある日、みぃちむからダイレクトメッセージが届いた。  内容は、ファンクラブ会員1位になれば、デートをしてくれるというものだった。 「1位なんてすごい! 頂点に立ったユウくんに、みぃはキュンです」  みぃちむが指でハートを作り、口を尖らせる。祐介の口角は上がっていた。みぃのために、俺がちゃんとしてやらないと。そう思うと仕事の嫌な出来事も頭の隅にどけることができた。祐介は先月32歳になったが、現在恋人はいない。みぃちむは26歳らしく、その年齢差も祐介はちょうどいいと思っていた。配信をする時間が長いので、おそらく金に困っているのではないか。そして、もしみぃちむが自分のことを受け入れてくれるのであれば……お金に困ることがなくなるほどの金額を援助しようとも考えている。幸い、祐介にはけっこうな金額の貯金があった。 〈今度の土曜日なんてどうかな?〉  みぃちむにダイレクトメッセージを送る。 〈本当に1位になってくれるなんて思ってなかった♡土曜日の昼からOKだよ♡〉  ああ、本当に会えるんだ。  祐介は決して女性経験が少ない訳ではなかったが、いつも画面の向こうにいるみぃちむと会えることに興奮を隠しきれないでいた。ライブなんてしたくてしている訳じゃない。きっと、アルバイトの感覚だろう。 〈いつも癒してもらってるから、土曜日は俺がみぃを癒すね〉 〈ありがとー☆楽しみにしてる♡〉  祐介は、自分がもうみぃちむの彼氏になったかのような気持ちになっていた。
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