赤の3277

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「君は地球人?」 僕は思わず口にしていた。 隣のベンチに座っている見知らぬ女の子に向かって。 そのとき僕は通っている大学キャンパスのベンチに座っていた。 キャンパスの奥の方に古いベンチが2つ忘れ去られたように置いてある。 その一つに僕は座っていた。人がほとんどいないから静かに過ごせるから、とても気に入っていた。 もうすぐ日が暮れる頃、気づくともう一つのベンチに見知らぬ女の子が座っていた。同い年ぐらいだと思う。前髪が目にかかり、顔がよくわからなかった。 その女の子は熱心に本を読んでいた。 なぜか本のタイトルが気になったので、目を凝らして確認しようとする。 でも、どう見てもそれは日本語ではなかった。また僕の知っている外国語でもなかった。本の表紙に刻まれた文字は、地球には存在しない物のように感じられた。 だから僕は思わず彼女に問いかけてしまう。 「君は地球人?」なのかと。 彼女はこちらを向いて「違うわ」と答えた。 「赤の3277」と彼女は続けて言った。 「じゃあ君はベテルギウスの近くの星からやってきたんだね」と僕は言った。 色は恒星、数字は番地を表す。 ずいぶん遠くから地球までやってきたようだ。 「君の星はどんなところなの?」 「とても寒いところよ。昔は地球のように過ごしやすかったのだけれど、あることが起こってからとても寒くなってしまった」 「あること?」 「ベテルギウスの力が弱まってきたの」 そういえば僕は宇宙関連の本で読んだことがある。 オリオン座の一つである赤い星ベテルギウスはもうすぐ滅亡してしまうと。 星にもきちんと寿命があり、ベテルギウスは自身の寿命を全うしようとしていると。 「私、家族と逃げてきたの。ベテルギウスが亡くなると、星に住めなくなってしまうから。この地球は住みやすいけれど、とても悲しい。生まれた時に毎日見上げてきた星がなくなるって、言葉にできないくらい悲しいのよ」 彼女は地面を見て、また目元が前髪に隠れてしまった。 とても塞ぎ込んでいるように見えた。 「海って見たことある?」と僕は切り出した。 僕は彼女は近くの灯台に連れて行くことにする。石造りのとても古い灯台が岬に立っている。灯台の頂上に古い付き合いの科学者がいる。 「平目さん、こんにちは!」僕は大きな声で挨拶をする。 「酒井、ちょっと待て。少し手が離せない」平目さんは白衣を着て望遠鏡で空を観察していた。灯台からは海の地平線まで見渡すことができる。海の地平線と薄く引き伸ばされたような空。その2つだけしかない世界がここには広がっている。 平目さんはこの灯台の管理人であり、天文学者でもある。 たまたま灯台に迷い込んだ僕に、親切に星のことを教えてくれた。 「いいか、酒井。星は黙って静かにただキラキラしてなんかいないよ。星はしっかり我々に語りかけているんだ。光の色や揺らめき、そして見えない物質を飛ばすことでメッセージを送っている。私はそれを解き明かしたいんだ」 待たせたなと平目さんはこちらを見る。 「この子は?」僕の隣にいる彼女に視線を向ける。 「この子、ベテルギウス近くの星からやってきたんです。ベテルギウスがもうすぐ死んでしまうって悲しんでいて…何とかなりませんか?」 ふーんと言って、平目さんは彼女をじっと見つめた。 彼女はさっき読んでいた本をじっと握っている。 「ちょっとベテルギウスのこと診てみるよ」 平目さんはまた望遠鏡のところへ行き、向きを調節する。 じーっと望遠鏡を覗いてから「うん、かなり光が弱まっているね。赤がとても薄くなってしまっている。このままだと光が消えてしまうだろうね」 彼女が悲しそうな顔をしたので、「何とかなりませんか?」と僕は尋ねる。 「ちょーどね、先週ぐらいに完成したものがあるんだ。まだ試したことないけど、理論的にはこれでベテルギウスを助けることができるはずだ」 平目さんはそう言って、奥の部屋に何かを取りに行った。 「これを使うんだ」平目さんが持ってきたのは、弓矢だった。矢の先端は赤く尖っている。矢を弓にはめ、大きく矢を引っ張る。右手を離せば、いつでも矢を放てる格好になった。 「さあ、姫君、そこに立ってください」 平目さんは彼女にそう言った。そして矢の先端を彼女の方に向けた。 「何してるんですか!?危ないでしょ!!」僕は驚いて叫ぶ。 「いいのよ!これこそ私が望んだことだから!」彼女が僕に向かって叫んだ。 「最初からこれが目的だったんだよ、酒井」平目さんは僕に言った。 「そう、平目さんのところへ連れてってもらうために、あなたに近づいたの」彼女は続ける。「平目さんの矢に打たれることで、私がベテルギウスになるの」 「この矢は射抜いた人を星に変える力を持っているんだ」平目さんが僕の方を見て続ける。「酒井、大丈夫だ。彼女は死なないよ。新しいベテルギウスになるんだ。今のベテルギウスと入れ替わる。彼女が生まれた星の生き物たちも守ることができる。そう彼女は望んでいる」 僕はもう何も言わなかった。 「平目さん、お願いします」彼女のその一言を合図に、平目さんは矢を放つ。赤い先端が彼女を射抜いた瞬間、彼女は赤い光となって夜空へ舞い上がっていく。 外はすっかり夜になっている。 空には埋め尽くす限りの星たちが輝き始めていた。 東の空にはオリオン座がいた。 「彼女はちゃんとベテルギウスになったよ。周りのどの星にも負けないぐらい強く輝いている」平目さんは望遠鏡を覗きながら言った。 「どうして彼女の望みがわかったんですか?」僕は平目さんに問う。 「本のタイトルだよ」彼女が最後に立っていたところに本が落ちている。 「何というタイトルなんですか?」 「『星の王子様』…星になりたいと願う者は、みんなこの本を読むんだ」 僕はその本を手に取る。まだ彼女の温もりが残っている。 夜空を見上げる。ベテルギウスは誰にも負けないぐらい赤く光り、僕らのことを見下ろしていた。
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