1

1/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

1

 天変地異のようなカメラフラッシュを全身に浴びながら、大股でレッドカーペットを踏みしめる。国際映画祭のロゴが刻まれた大看板の前で、全世界に微笑みをひとつまみ。ハリウッドの有名監督と談笑する姿で日本は大熱狂。現代映画の代名詞、賞レースの中心的存在、その名は明美。  観客に手を振ると、彼らは白目を剥き、一斉に明美めがけて動き出した。突然の異変に彼女は叫ぶ。低い唸り声が彼女を包む。ジュエリー輝く首元に、無数のゾンビたちが飛びかかる——  ごみ収集車の奏でるメロディで明美は飛び起きた。あらかじめ用意しておいたスリッパとごみ袋を装着して、殴るように扉を開ける。元の色から逸脱した黒錆階段を一段飛ばしで下り、すかさずターンする。 「すいませんこれも!」  青い作業服を着た男は朝から大笑いして、「相変わらずぎりぎりですね!」  気まずそうに会釈する。これが遅刻癖で複数のごみ収集作業員と顔見知りになった人間の朝だ。  男はまた大口を開けて笑う。「酔い潰れちゃったんですかい」 「い、いえ……」  彼女は別に怠惰な生活を送っているわけではない。本日午前十時から開始するホラー映画のオーディションのため、練習に練習を重ねていたのだ。狙いはもちろん主演女優。絶叫の女王(スクリーム・クイーン)だ。枕に向かって叫んだ回数では負ける気がしなかった。  セールで買ったロールパンをかじり、化粧台の前に座る。時間はまだ早かったが、明美にはとにかく心の余裕が必要だった。  ぶぶぶ、と化粧台が振動し、明美の口紅が軌道を逸れる。母親からのメールだった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!