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『明美へ    きちんとご飯食べてますか。眠れてますか。  夢を追うのもいいですが、連絡ください。』  逃げるように目線を上げると、唇から滑り落ちたような口紅の、明美自身がいた。むすっとした顔だ。鏡は正直だな、明美はそう呟いた。  東京某所、十月の少しばかり冷えた風は、建物の合間を縫って地面を這う。目的地までの道のりにはビルが乱立していた。明美は都度髪型が崩れていないかをガラス窓で確認しては、完璧な黒髪セミロングを脳内で自画自賛した。  白のニットワンピースにグレーのジャケットを羽織り、ロングブーツとトートバッグは黒で統一する。反射するコーデは明美を鼓舞した。  エレベーターの四階です、という丁寧な紹介に後押しされて、明美は会場に到着した。座椅子に座る数人の頭が一斉に上がり、再び下がる。室内に張り巡る緊張の糸を避けるように歩くと、奥の一室の扉が半分ほど開いた。 「主人公ヒナタ役のオーディションはじめます」  椅子の軋む音が重なる。その列に明美もつづいた。本日は二週間に及ぶオーディションの最終日と予定されている。この場にいる六名の中から選ばれるのか、それともすでに目処が立っているのか、明美にはわかりかねた。  部屋に入ると、三人の男が座っていた。  若手監督、来染(くるしみ)マクルを中心に、向かって右側は四十代ほどのプロデューサー、左側は白髪の演出家だ。  自己紹介を終えるや否や、来染は六人の顔をざっと見通し、深刻そうな顔つきで言い放つ。 「今日で決まる気がするぞ」
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