紅の指輪の少女

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 純彦が〈ザ・オッカナビーズ〉のボーカルであるという事を、彩名は小さい頃から知っていた。その頃から彩名は、長野にある純彦の家に行く度に〈ザ・オッカナビーズ〉のレコードを聴きたいと駄々をこねてはリビングに数枚のレコードと年代物のレコードプレーヤーを出し、純彦や家族と一緒に数々の曲を聴いていて、それもあってか家族一のお祖父ちゃん子である彩名の純彦に対する敬愛の念はとても強かった。  しかし純彦は、彩名を含めた家族全員に対してある約束をしていた。それは、自らが〈ザ・オッカナビーズ〉のボーカルであった事を周りの人物にひけらかさない事だった。1970年代前半からのグループサウンズの衰退や各メンバーの音楽性の違いにより解散した〈ザ・オッカナビーズ〉での活動は、解散と共に潔く芸能界を引退した純彦にとってそれは若かった頃の良い思い出であり、当時〈ザ・オッカナビーズ〉全体で所属していた芸能事務所に社員として採用された事から始まった社会人としての第2の人生に強いやりがいを感じていた事と、引退直後から現在までの純彦自身が〈ザ・オッカナビーズ〉のボーカルだった頃とは全く違う人間であるという意識が強かった事が、自らの事を周りにひけらかさない約束を家族全員と結ばせるだけでなくメディアからの取材等を一切受け付けないといった行動に繋がっていて、数ヶ月前に『あの伝説の人は今?!』という低俗雑誌の企画で心無いパパラッチに町中を散歩する自らの姿を盗み撮りされた時は、すぐに〈ザ・オッカナビーズ〉の版権等を取り扱う音楽会社を通じて抗議と発行差し止めを含めた法的措置検討の声明を発信した程であった。  彩名は、純彦のその思いを深く理解すると共に約束をしっかり守り、高校生となった現在まで自らの祖父がかつて〈ザ・オッカナビーズ〉のボーカルだった事実を周りにひけらかさずに今日を迎えたのであった。
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