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「彩名? ねえ彩名?!」
純彦の名を騙る謎の男性を目の当たりにし、目や耳からの情報の解釈を放棄する程に彩名は唖然とした。香織からの呼びかけに何とか気づいた頃には、次の参加者によるパフォーマンスが始まっていた。彩名と同世代の2人の少女が、若い女性デュオのヒット曲を歌っていた。
「今歌ってるの、幼稚園からの幼馴染!! 瑠璃も一緒」
香織は興奮を抑えつつ楽しそうにそう言うが、彩名の方は「あっ、そうなんだ」と言うのが精一杯だった。
そうこうしているうちに、香織と瑠璃の幼馴染によるパフォーマンスは終わり、観客達は拍手を送った。
「ありがとうございました!! 審査委員長の岩田さん、いかがでしたか?」
パステルカラーのグラデーションという派手なジャケットに白いスーツパンツという出で立ちの男性司会者が、純彦の名を騙る男性に話を振った。
「いやぁ、良いハーモニーでしたよぉ。音程も全く外さずにね……まあでもぉ、大勢の観客で少し怖気づいちゃったかな? へへぇっ」
――何それ……――プロのトップシンガーだった人間を装うと頭の中から捻り出した当たり障りの無いコメントとそれに盛り上がる周りの観客達という状況を肌で感じ、彩名は呆れると共に祖父である純彦の人格や人生などがその男性に侮辱されているという怒りの思いが込み上げていた。
――何故、祖父に成りすましているのか?……〈イースト・アンド・ウエスト〉にカバーされた〈ザ・オッカナビーズ〉の『紅の指輪の少女』のヒットにあやかって?……観客達は、ステージ上の祖父が偽者だと気づいていない。ここいる人は皆、祖父の顔を知らないのか……そりゃそうかもしれない、祖父は引退してからメディア出演を全て断っていた。パパラッチに勝手に撮られた時だって、法に訴えるぞと怒りを露わにしていた…………今の祖父の顔を誰も知らない。それが好都合となった上に『紅の指輪の少女』のカバーが大ヒットし、世間はオリジナル版を歌う〈ザ・オッカナビーズ〉にも注目が集まる……だからあの男は私の祖父に成りすまして……――
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