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くれなーいのっ、指―輪をっ、きーみーにあーげーるー……
手放しで抜群に上手いとは言えないものの、その拓海の歌声には観客達にしっかり伝わるような一生懸命さがあった。そして何処からか音楽に合わせて手を叩く音が聞こえ、それが大きなうねりとなって観客達の手拍子となっていった。
観客達と一緒に香織と瑠璃も手拍子を打っているが、彩名はただただステージ上の拓海を見つめる事しか出来なかった。拓海は人の前で歌う事を好まない性格だと彩名は確信しており、よりにもよって純彦の名を騙る男性の近くで歌っているこの状況に混乱していた。
……ぼーくーはー、きーみーをー、あーいしーてーるー。
彩名が気づいた時には1番の歌詞の歌唱が終わり、間奏に入る寸前だった。
その時だった。拓海が彩名の方に身体を向け、彩名の目を見つめた。そして。
「彩名!!」
と、彩名を呼ぶ拓海の大きな声が会場中に響き渡った。
――えっ?!……宮沢君?!……――ステージ上の拓海にその名を呼ばれた彩名は、酸素が薄くなるような胸の中と喉の締めつけに襲われ、緊張と興奮が混じった違和感も覚えた。
そして間奏に入ると、拓海は持っていたマイクをスタンドに戻し、ステージからレジャーシートを広げる観客達の元に降りた。と同時に、立ち見の観客達の歓声に煽られるようにステージの周りに敷かれたレジャーシートに座っていた観客達が突如として一斉に立ち上がり、スピーカーから流れる間奏に合わせて息の合ったダンスを始めたのだ。
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