鹿目探偵事務所、大爆発!

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鹿目探偵事務所、大爆発!

 鹿目探偵事務所は暇だった。  依頼人があまりにも来ない。  なので、鹿目探偵は昼間っからソファでゴロゴロしていた。 「ヒマとはこんなにも人間をダメにしてしまうのか……」  足元に、愛猫がすり寄ってきた。  その温もりに泣きそうになる。 「ああ、俺の心を癒してくれるのは、お前だけだ~!」  鹿目は愛猫を抱き上げると、そのもふもふに顔をうずめ、においを堪能する。  愛猫とのひとときに夢中になっていると、ガチャと事務所のドアが開いた。  赤いシャツを着た男が気まずそうに立っていた。 「その、ノックしたんですけど……ええと、失礼しました!」 「待って! いいい、依頼ですか?」 「はい。でも、お取込み中みたいなので……」 「大丈夫です! 怖くないですよ。さあ中へ! さあさあ!」 「わ、わかりました……」  鹿目は依頼人にソファを勧めると、猫を出窓のクッションに乗せた。  熱いコーヒーを依頼人に出すと、自分はその向かい側に座る。 「まずは、お名前から伺ってもいいですか?」 「明石と申します。とある組織にてリーダーを務めております。詳しくは言えないのですが……」 「なるほど。もちろん、深く聞くことはしません。個人情報を守ることも、探偵の仕事ですから」 「ありがとうございます。組織にはもう長いこと勤めております。三年目になりますね。年々、敵組織との抗争は激しくなってますが」 「なるほど……」  鹿目は自分用のコーヒーに口をつけながら、相手に見えないよう顔をしかめた。  今回の依頼は、なかなかハードな内容になりそうだ。  コーヒーの苦みを味わいながら、鹿目は気を引き締めた。 「でも、それもようやく終わる。今や敵組織は壊滅状態です。幹部だった五人も倒し、あとはボスのみ……だったのですが」 「何か、あったのですね」 「ええ。昨日のことです。仲間たちと敵組織のボスを倒す、最終決戦の日でした。約束の時間は夜の十二時。なのに、仲間たちが一向に来ないんです! 僕、思わず敵のボスと顔を見合わせちゃいましたよ!」  思わず、「仲いいじゃないですか」と言いそうになるのを必死で堪える。  ずいぶんと激しい組織に属しているようだが、明石の人柄は常識の範囲内のように感じた。 「もちろんすぐに、来ない二人に連絡を入れました。でもぜんぜん、ラインに既読がつかないんです。家のチャイムを鳴らしても反応なし。行方不明なんです! お願いです。どうか、二人を探してください!」 「安心してください。絶対、探し出してみせます」  すると、明石は申し訳なさそうに言った。 「あの、出来れば早めに解決していただきたいんです」 「それは、なぜ?」 「最終決戦中ですし、相手を待たせてますので……」 「なるほど。依頼人の頼みですから。なるべくご依頼には沿いたいと思ってます」 「ああ、ありがとうございます……!」  明石はその場で、深々と頭を下げた。  礼儀正しさが滲み出るような、美しい礼だった。 「じゃあ、さっそく二人の情報を教えてもらってもいいですか?」 「しまった。二人の資料、用意したんですよ。なのに、家に忘れてきちゃいました……急いで取りに戻ってもいいですか?」 「資料ですか! それはとても助かります。じゃあ、お願いしてもいいですか」 「はい。ちょっと待っていてください! 三十分ほどで戻りますので」  走って事務所を出ていく、明石。この短時間で、かなり真面目な男だとわかった。  組織の正体自体は謎だが、調査に協力的な依頼人という点では信頼がおける。  これから、忙しくなりそうだ。  鹿目はコーヒーでも淹れなおそうかとソファから立ち上がった。  その時、コンコンと事務所のドアをノックされる。  明石が、もう戻ってきたのだろうか。 「どうぞ」 「失礼します」  気真面目そうな、硬い表情の男が立っていた。  涼し気な印象のメガネに、青いカッターシャツをパリッと着こなしている。  二人目の依頼人のようだ。  突然の大繁盛に驚きを隠せない鹿目。  メガネの男にソファを勧めると、新しいコーヒーを淹れなおした。 「では……お名前を伺っても良いですか?」 「藍井と申します。現在、とある組織で働いております」 「組織、ですか」  聞き覚えのある内容に、鹿目はつい聞き返した。  冷静な表情を崩さずに、冷めたコーヒーを飲み干す。  まさか……という考えに、胃がキリキリとしてくるが、久しぶりの仕事を手放すわけにはいかない。 「それで、相談したいこととは?」 「はい。実は私、どうしても組織を抜けたいと考えていまして……。でも、なかなか仲間たちに言い出せないんです」 「ふむ。なぜ組織を抜けたいと?」 「私、その……敵組織・ヨフカシの五人将の一人、稲荷女中リツカちゃんと恋仲になってしまったのです」  さまざまな感情を抑えつつ、鹿目はなんとか「……ほう」と頷いた。 「しかし、リツカちゃんの父親はヨフカシのボス・丑ノ刻半蔵です。リツカちゃんのお父さまを倒すことなんて、私には出来ません。それに、明石も黄河も一緒に戦ってきた仲間なんです! 組織を抜けたいなんて、直接は言いづらくて……」 「すみません。あなたが所属する組織のお名前は?」 「サンサン戦隊シャイニングレンジャー。地球の平和を守る、正義の組織です」  頭を抱えたい衝動を必死に抑え、鹿目はなんとか笑顔で「なるほど」と答えた。 「お願いです。なんとか、理由をつけて組織のリーダーであるシャイニングレッド・明石に私の退職届を届けてほしいんです!」  内心で「ええ~」と叫ぶ、鹿目。  ふと、藍井が着ているジャケットのポケットを漁りはじめた。顔を真っ青にして。 「あれ、退職届がない! 途中で寄ったコンビニのレジに置き忘れてきたかもしれません。すみません、すぐ取ってくるので待っててください!」  慌てて、事務所から出ていく藍井を呆然と見送る、鹿目。  空になっているのに、カップを何度も持ち上げては、ソーサーに戻すをくり返した。  頭がごちゃごちゃになっているが、なかなか整理できない。  そんな中、再び事務所のドアをノックされた。  いよいよ――明石が戻ってきたか。 「これも仕事だ。下手に長引かせるよりも、早々に解決させたほうがいいだろう。しかしどう説明したものか……」 「ども。今、いいっすかねえ」  黄色のパーカーを身にまといニコニコ顔で入ってきたのは、これまでの誰でもなかった。  誰だ、こいつ。  同時にこれまでのことが思い出され、嫌な予感がした。  依頼人に新しいコーヒーを出しつつ、鹿目は警戒心丸出しでその向かいに座った。 「……今回はどのようなご用件で?」  すると依頼人のさっきまでの朗らかな印象がスッと消える。  眉がキリッと釣り上がり、大人な雰囲気を纏い出した依頼人に鹿目は驚く。 「実は娘が……敵組織のイケメンに唆されているようでして」  鹿目は「まさか」と冷や汗を流す。 「僕、スパイ活動してるんです。なので、この件は内密にお願いします」 「それは、もちろん」 「ああ、よかった。僕は現在、サンサン戦隊シャイニングレンジャーという戦隊組織に属しているのですが……」  聞き覚えのある組織名だ。  慌てて、自分用に淹れたコーヒーを喉に流し込む。  依頼人は矢継ぎ早に話を進めていく。 「組織では黄河という名前で、シャイニングイエローを担当しています。もちろんスパイ活動の一環としてです。本当は、ヨフカシと言う組織のボスをしています」 「それじゃあ、あなたの本当の名前は」 「はい。丑ノ刻半蔵といいます」  黙る鹿目に、半蔵は笑った。 「驚くのも無理はありません。ヨフカシは、悪の組織。本来ならば正義のヒーローにやっつけられる存在です。それでも、悪の華を咲かせたい! その思いで、僕自ら敵組織にスパイとして乗り込み、情報を探っていたのです。そして、知ってしまった。実の娘と、シャイニングブルーが交際していることを!」  鹿目は喉から振り絞るように「それはお気の毒に……」と相槌をうった。 「しかし現在、僕の組織は戦隊組織のやつらによって壊滅状態に追い込まれてしまった。誰にも相談できないので、すがる思いでこうしてここに来たと言うわけです」 「ですがヨフカシが壊滅したのは、スパイと言えどシャイニングイエローでもある貴方の責任もあるのでは」 「僕は戦隊のなかでは大食いキャラをやらせてもらってます。普段の戦闘時もレッドとブルーが戦っている間、僕は後ろでプリンアラモードを食べてるだけですよ」 「それでよく、スパイだってバレなかったな」 「目に入れても痛くない娘なんです。絶対に、キザでいけ好かないブルーなんかに取られたくない! 探偵さん、なんとかならないでしょうか?」  鹿目のツッコミを華麗にスルーした半蔵は、悪役ボスとは思えないほどに、眉尻を下げている。 「ボスなら、レッドとブルーをやっつければいいんじゃないですか?」 「何を言うんですか! ずっとずっと、苦しい戦況も乗り越えてきた戦友ですよ! そんなことできません!」 「あんた、後ろでプリンアラモード食ってただけだろ!」  その時、バタンッと事務所のドアが開かれた。  明石が焦ったように飛び込んできた。  目を見開いて、半蔵を見つめている。 「……探偵さん。どうして黄河がここにいるんですか。説明してください!」 「ついに帰ってきたか」  明石がここを出てから、一時間が経過していた。いよいよだ。  鹿目は緊張しながらも緩んだネクタイを締め直した。 「探偵さん! 説明してください!」  明石が急かしてくる。 「それは……丑ノ刻半蔵が……この」 「――お父さまがここにいるのかッ?」  バタンッ! という事務所のドア音とともに、藍井が転がり込んできた。 「藍井! お前、今までどこに……」 「明石、すまん。今は、黙っててくれ。お父さま、どこにいらっしゃるのですか!」  藍井の呼びかけに、そっと手を挙げたのは黄河。  つまり、半蔵だった。  息を呑む明石に、顔をこわばらせる藍井。 「お前が、丑ノ刻半蔵だって? お前が……ヨフカシのボスだと?」 「ああ、そうだ。僕が、間違いなくのヨフカシのボス・丑ノ刻半蔵だ」 「そうか……」  いつも以上に冷たい藍井の返事に、半蔵はぐっと唇を引き結んだ。 「だったら、話が早い!」  言ったそばから、まるで流れるように藍井はその場に土下座をした。 「娘さんを俺にください!」  藍井の行動に、半蔵の顔が一気に父親の顔になる。 「やらん」 「お願いします! 必ず幸せにしますから!」 「誰が貴様なんかにリツカをやるか!」  吐き捨てるように言い放つ半蔵。  やにわに藍井はスマホにリツカの写真を表示する。  それを半蔵にわざと見えるようにしながら、悲しそうに叫んだ。 「ああ! リツカちゃん、このあいだ言ってたなあ。〝藍くんと結婚できたら、リツカって世界で一番幸せ者になれるね♡〟って」 「負けたああああ! そんなこと、この父親だって言われたことないのにいいいい!」  半蔵は崩れるように床に突っ伏し、泣きだした。 「と、とりあえず、一件落着か」  鹿目は胸をなでおろす。 「こんなスピード解決もあるんだな。トラブルが勝手に事務所に来て、勝手に解決していったようなもんだが……」  コーヒーカップに口をつけようとしたとき、鹿目はふとした違和感に襲われた。 「いや、待てよ。おかしくないか?」  鹿目のつぶやきに、明石が首を傾げた。 「どうしたんですか、鹿目さん」 「明石さん。あなたは最終決戦の時、敵のボスと対面してますよね。しかし、それが半蔵――黄河さんだとは知らなかったみたいだ。だったら最終決戦で対峙したのは、一体誰だったんですか?」  明石は黙り、うつむいている。 「思えば、資料を取りに行くと言ったあなたは三十分ほどで戻ると言ってたんですよ。ですが戻ってきたのは一時間も後。探偵に依頼するからと、自分で資料を作成するような真面目な男が何の連絡もなしに遅刻とは考えにくい」 「鹿目さん。何が言いたいんですか?」 「あなたは誰ですか?」 「……はい?」 「初めて会ったあなたと今のあなたは……別人ですよね。あなたは、明石さんに変装した他の誰かだ。そう例えば……本物の明石さんと最終決戦で対面した敵のボス、とか」 「はは。そんなバカなことがあるわけがないでしょう。そこまで言い切る証拠はあるんですか?」  明石は、鹿目を思い切り嘲笑した。  初めて会ったときの明石のイメージとはまるで違う。 「あなたは、明石さんとは服の趣味が違うようだ」 「はあ?」 「今あなたが着ている明石さんの服。ズボンのすそ、見えてますよ。本物の明石さんが着ていなかった、黒のレザーパンツが。普通はそんな着方、誰もしないでしょう」  ――どおおおおおん!  鹿目が言い終わるや否や、激しい爆発が鹿目探偵事務所を襲った。  藍井と黄河に守られながら、鹿目は愛猫とととに外に脱出する。  事務所跡地を見上げると、そこには黒いレザーのコーデに身を纏った男が風に吹かれながら立っていた。  さっきまで明石だった男だ。 「俺は……サンシャインブラック! 敵のラスボスでありスパイという濃いキャラのイエローに嫌気がさし、お前らを裏切った……そう、真のラスボスだ!」  ブラックの言い分に、半蔵が顔を歪める。 「きみは……そんな理由で彼らを裏切ったと言うのか」 「そうだあ! 俺は、俺が派手に登場する機会をずっと伺っていたんだ! 最終決戦のとき、お前らが来ないと嘆いた明石が〝探偵に頼む〟と言い始めたので、チャンスだと思ったのさ! イエローのことをハデにバラし、俺様が真のラスボスとなって、お前らをブッ倒す! カッコいいだろ? 資料を取りに戻った明石を言いくるめ、俺が代わりにここに来たのさ! まあ、この探偵のせいで計画はメチャクチャだが……結果オーライだ。さあ、かかってきな!」 「ブラック。きみが僕の存在にいち早く気づいたのはすごいことだよ」  ニヤニヤと挑発するブラックに、黄河は目を細めた。  ヨフカシの頂点に立っていたものの、鋭い目つきだ。 「だが、きみは重大なミスを二つしている。一つ目は、ぼくが組織に潜入していることを明石たちに報告しなかったこと。そしてもう一つは……」  黄河は足を肩幅に開き、スッと両手を構えた。 「今まで戦闘に参加しなかったきみと、僕たちとのレベル差が著しく離れていることに気づかなかったことっす!」  サンシャインイエローの必殺技・巨大向日葵、炸裂せよ(イエローポップサンフラワー)がブラックに直撃する。 「うわああああ! ラストに華々しく散れたことに感謝――ッ」  さんさんと照りつける白い光にさらされ、ブラックの深い欲望が浄化されていく。  その威力に、鹿目は驚愕する。 「さすが、ヨフカシのボス……戦闘中にプリンアラモードでも食ってなきゃ、自分の組織は即壊滅だったろうな、これは」  そこへ、ようやく本物の明石が到着する。 「こ……これは一体……」  明石の目線の先には、惨状と化した探偵事務所の姿があった。  鹿目のため息が爆発の煙にともに空へと昇っていく。 「今回の経験値で、次の依頼人の事件はものの五分で解決できそうだ」  腕の中の愛猫が、「にゃあ」と鳴いた。  おわり
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