演じてみなきゃ分からない

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「大丈夫だって。そんなに時間は取らないよ!」 「すみません、演劇で使う衣装を縫わなくちゃいけないので失礼します」 漆原さんは先輩の横を通ろうとするが、彼はそれを許さず漆原さんの前を手で遮った。 「まあまあ。ちょっとぐらい話聞いてくれるだけでいいだけだから」 「それでも聞くことはできません」 「そんなこと言わないでくれよ~。駅の近くのカフェでお茶するだけだから。な?」 ヘラヘラと笑う先輩に漆原さんの表情はどんどん険しくなっていく。 その様子を見ていた私は、教室のドアの後ろでオロオロしていた。 ーどうしよう、このままだと漆原さんが危険だ。 ―どうすればいいのだろう。 見つけてしまった以上、このまま見捨てるわけにはいかない。 ふと、私は今自分が着ている服と髪型に気がつく。 今は女子の恰好ではなく、男子の恰好だ。 この恰好だったら誰だか分からないはず。 私は決心して家庭科室のドアを勢いよく開け、二人の前に立ちはだかった。 「う、漆原さん!!」 私の声に反応した漆原さんと先輩は、驚いた顔でこちらを振り向く。 まさか家庭科室から人が出てくるとは思わなかったのだろう。 そう思っていると分かっていても関わらず、私は必死で次の言葉を探した。 「あ、そ、その……なかなか来なかったから探しに行こうとしてたんだ!ほら、早くしないと衣装を直す時間がなくなっちゃうよ!」 光の声とテンションを意識をしながらあまり違和感がないように気を遣う。 私の大根芝居で状況を把握した漆原さんは、すぐに芝居に乗ってくれた。 「え、ええ。ごめんなさいね、今行くわ。そういうことなので先輩、今度こそ失礼します」 「あ、ああ……」 漆原さんは優雅な足取りで私のところに向かう。 彼女の後ろで「何だよ、用があるのは本当だったのか」と呟きながら先輩はその場を去った。 先輩が去ったのを見届けると、私は家庭科室のドアを閉め大きく息を吐く。 「はあ~緊張した……」 人前で演技したのはいつ振りだろう。 幼稚園のお遊戯会以来、弟の恰好とはいえ衣装を着てセリフを言うのはこんなにも緊張するものなのか。 まだ緊張が解けていないのか体を固まらせていると、灰色の髪の麗人は私に近づく。 「えっと、君は確か野風さんの弟君だよね?」 「はいっ!?」 凛とした声に振り向くと、声の主である漆原さんは長い髪を肩に垂らし首をかしげながらこちらを見ていた。
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