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「また汚したんですね。一着しかない外出着なんですから気をつけてもらわないと」
お母さんが大声で騒ぎ立てる。お母さんはお父さんと同じように一着しかない外出着を身に着け、ガラスで出来たイミテーションの宝石を飾り立てている。
お母さんはベンジンで、時間をかけてお父さんの服の汚れを取り、ワイシャツ姿のお父さんはといえば、古ぼけたシルクハットに丁寧にブラシをかけている。
ふたりのお姉さんは、何度も鏡で自分の衣装を見直している。
何もやることのない僕といえば、両足で椅子の脚を蹴っている。
いつもの日曜日が始まる。
僕の家は貧乏だ。お父さんは役所勤めで一生懸命働いているのに給料が安い。五人家族が食べていくのがやっとだと、お母さんはいつも愚痴をこぼしている。
姉さんたちは自分の服は自分でつくるのだけれど、一メートルの紐を買うのにも、家族で「あーだこうだ」と議論する有様だ。
僕がボタンをなくしたり、ズボンを破ったときなど、散々お母さんに油を絞られたんだ。
倹約倹約、みすぼらしい食事。何もない僕の家では日曜日の散歩がたったひとつの楽しみだった。
でもそれだけじゃない。どうやら十八と二十の姉さんたちの結婚相手を探す目論見もあるらしい。
たいてい五人揃って波止場へ行くのだが、お父さんは外国からの船を見る度にこうつぶやくんだ。
「ジュールがあの船から降りて来たら、どんなにいいか」
ジュールというのは、お父さんの弟。
お祖父さんの財産を、お父さんの取り分まですっかり使い果たし、夜逃げ同然でアメリカに渡り、そこで大成功したんだそうだ。
お父さんに手紙が来て、
「今度帰ったら、迷惑をかけた分、利子をつけてすっかり返す。豪華なアメリカみやげも楽しみにしていてくれ」
と誇らしげに書いてあったと教えてくれた。知り合いの船長も、ジュールおじさんが、アメリカで大きな店を持っていると太鼓判を押してくれた。
ジュールおじさんは一度も会ったことのない僕にまで、
「親愛なるジョゼフ。まだ見ぬ君へのたくさんのおみやげを楽しみにしていてくれ」
と手紙を書いてくれたんだ。
僕たちは、ジュールおじさんが帰ってくるのを今か今かと待っていた。そうすれば、今の貧しい生活に別れを告げ、外出着だって何着も買える。ズボンが破れることを心配せずに木登りが出来る。
そんなとき、二番目のお姉さんが結婚することになり、お祝いも兼ねてジュセルイ島へ旅行することになった。今まで散歩しか楽しみのなかった僕らが旅行をするんだから、何度も家族で相談し、旅費をつくるため、苦労に苦労を重ねた。
いつかジュールおじさんが帰ったら、旅行に使ったお金だって心配なくなるはず。そんなことをお父さんとお母さんが話していた。
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