19人が本棚に入れています
本棚に追加
ハァ、ハァ、ハァ......。
自分の息だけが、耳元で囁かれているようにはっきりと聞こえる。
後ろから人の気配を感じなくなり、徐々に走る速さを遅くすると落ち着いてきた。
いつの間にか、ガラスの靴は消えていて、服もいつもどおりの安っぽいものになっていた。
「やっぱり、夢だったのね」
あの煌やかな澄み渡った青色のドレスに、キラキラと輝くガラスの靴。とても嬉しかったけど、あれは一瞬の魔法だった。
素敵な思い出だったじゃない。
そう、強く自分に言い聞かせる。
その時強い風が吹き、木が大きく揺れて、黒々と光る影が浮かび上がった。
葉が擦れあって、排他的な空間を形成する。
何かを警戒するような、不気味な音だ。
はっとした。
今は夜の12時過ぎ。辺りは真っ暗で、街灯一つ無い。ここは、私とは無縁の場所。小鳥のさえずりが無駄に五月蝿く聞こえ、妙に不安を煽る。
一歩足を踏み出すと、土の感触と枯れ葉を踏みつける音が生々しく感じられた。もう疑いようがない。
夢中になって走っているうちに、森の中へ来てしまった。そして、迷った。
どうすればいいの?どうしたら助かるの?
助けてくれる人は、誰も居ない。
その時、妙に冷たい風が吹いた。
一瞬で鳥肌が立つ。
そして、その風が、苦い思い出を運んでくる。
これは、お父様が亡くなったときのこと。
あのときの継母の、般若のような顔を鮮明に思い出す。
__なんで、今になって思い出すのかしら。
最初のコメントを投稿しよう!