18人が本棚に入れています
本棚に追加
※
「ただいまー、あら?」
自宅マンションに帰宅するなり、私は窓際のテーブルに目が吸い寄せられた。
「綺麗! ねぇ、これどうしたの?」
「あー、それな」
という返事と共に、リビングに顔を出した夫が得意げに腕を組んだ。
「君のために苦労して手に入れたんだ、どうだ? すごいだろ?」
「へぇー、ていうかあなた何かやつれてない? それに傷だらけだし、どうしたの?」
私の質問に夫は視線を宙にさまよわせる。
「あ、いや大丈夫。大したことないよ」
「本当に? やっぱり無理に海外赴任に付き合ってくれたんがきつかったんじゃぁ……」
「いやいや! 本当に大丈夫だから! それよりも薔薇、どう? 気に入った? だってもうすぐ俺達の――」
夫の言葉を遮るかのように、ドアチャイムが鳴った。
「はーい」
玄関扉を開いた私は目を見開く。訪問してきたのは見上げるほどの黒人男性、斜め向かいの園芸屋に勤めているトニーだった。
「あらトニー、こんな夜更けに何の御用?」
慣れた英語でそう訊くと、トニーは一台のスマホを差し出してきた。
「あら、これ、うちの夫のじゃない。何でトニーが持ってるの?」
事情を話すトニーに、私は深く頷いた。
「なるほどねぇ……そんなことが。閉店間際で忙しかったでしょうに、うちの夫がごめんなさいね」
手を振り微笑むトニーを見送ると、私は夫の元へと戻った。
「こんな夜更けに誰だったんだ?……って、相棒じゃないか! 何で君が?」
手渡したスマホと私の顔を交互に見る夫に、思わずにやけてしまう。
「な、何がおかしいんだよ?」
「いや、別に。ありがとうね」
私は視線を窓際のテーブルへと移した。
月夜に照らされた薔薇が、神秘的な雰囲気を纏っている。
「何かこう危ない橋を渡ってばかりって言うの? 本当に無茶するんだから……でも」
慣れない異国の地で疑問だらけのはずなのに、一緒に頑張ってくれる夫に私は胸が熱くなる。
「ヒヅケガカワリマシタ。ホンジツハフタリノケッコンキネンビデス」
夫の掌から発せられた機械的な祝福に、私達は二人して笑った。
最初のコメントを投稿しよう!