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要件一件です。再生します。 その声は毎日録音されていた。 かなでと矢島は寄り添いながら、互いの温もりを感じていた。そうでもしないと、耐えられない気がした。 寝室のベッドの側のアロマキャンドルの炎が、バニラの甘い香りを漂わせながら揺れている。 心電図を連想させる、タブレットのモニターに映る、声の波形を表すグラフ。 かなでは、敢えて見ないようにしていた。 「翔太ぁ、ママにも新しいおともだちできたんだよ。おんなじ部屋のおばあちゃん。プリンが大好きなんだって。翔太もおともだちできたかな?」 矢島がかなでに言った。 「うわあ。ホントそっくり」 かなでも驚いた。 その声は自分と似ている。 イントネーションとプレスの箇所を除いて。 「翔太ぁ、雨はイヤだよ~。パパはちゃんとお洗濯してるかな? 翔太が見てあげてね。そうそう、来週ね、先生が帰っていいよーって許してくれたから、ママ嬉しくてぴょんぴょんしちゃった。また翔太とパパとくっつき仮面したいな〜ガオガオもしたいなあ」 矢島は笑って。 「くっつき仮面?」 と言って、かなでの身体に覆い被さった。 かなでは矢島の腹をくすぐった。 ふたりとも、照れ臭ささと嬉しさが交錯していた。 何より、この声がそうさせた。 甘くてやさしい響きは続く。 「翔太ぁ、温泉気持ちよかったね~。ママね、その時の写真飾ってるんだ。そしたらおばあちゃんがね、翔太の顔見てイケメンだね~だって。翔太イケメンなんだよ。あははー。あ、正博さん! 聴いてる? 腕時計忘れてったわよ。もお~信じられません!」 揺らめくキャンドルの炎が、天井にオーロラを描いている。 「ママね、今日はたくさんおクスリ飲んじゃって、すごく眠たくなっちゃった。翔太。むしばくんいるんだって? はみがきやらなきゃだめだよ」 日毎に弱々しくなる声。 「翔太ぁ・ママね…もう寝ちゃうね…今度ね、ガオガオやろうね。正博さん、正博さん…おやすみなさい、翔太ぁ…」 かなではUSBメモリを引き抜いた。 その先を眺める覚悟がなかった。 「私…出来るかなあ」 「かなでにしか出来ないよ」 矢島の言葉が胸に刺さる。 この役は、私にしか出来ないー。 「かなで?」 「ん?」 「協力するからさ、やるだけやってみよ」 「いいの?」 「うん、ひとりにはさせないよ」 「ありがとう」 「俺さ、声を全部台本にしてみるよ、その方がやりやすいでしょ?」 「うん」 かなでは、矢島の眼差しを受け止めて、その厚い唇を指でなぞり、焦らすように顔を近付けて。 「くっつき画面ガオガオ〜!」 と、矢島の身体に飛び乗った。 戯れていないと、心が張り裂けそうで怖かった。
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