こたえ探し

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こたえ探し

野沢と飲んだ翌日、かなでは吹き荒ぶ木枯らしで、すっかり葉の落ちた銀杏並木を歩いていた。 住宅地にあるこの道を、凛子はどんな想いで歩いたのだろう? 愛する息子と夫と一緒に最期に訪れた土地は、彼女にとってどんな場所なのだろうか? かなではそれを知りたかった。 さいたま市南区にある別所沼公園は、凛子の生活圏内にあって、保育園やスーパーの行き帰りに必ず通る場所だった。 銀杏並木もその一角あった。 沼の周囲には、メタセコイアなどの高木が生い茂っていて、そこを抜けるように造られたジョギングコースを市民ランナーが走っている。 他にも、釣りを楽しんだり、広場で寛ぐ親子や笑い合う学生達の姿があった。 憩いの空間で、最期の家族の時間を過ごした凛子は、死とは無縁であろう人々を、どう見ていたのだろうか? 瞳にかかるフィルターは、何色だったのだろう?  そして私は、木山凛子を演じきることが出来るのだろうか? かなでは、胸にそっと手をあてて、想像以上のプレッシャーに潰されそうな自分を不甲斐なく思った。 「声ってのはな。バレやすいんだぞ!」 と、言っていた野沢の声も頭から離れないでいる。 かなでは、憂鬱な気分を振り払おうと、公園近くのレンタルウェアショップへ向かい、ジャージとスニーカーを借りてジョギングコースへ向かった。 重たいコートと、慣れないヒールの取れた身体は身軽で、しばらく走り続けると、気持ちも次第に落ち着いていった。 これまでに、様々なこともわかっていた。 木山凛子というひとりの女性は、今でもこの世界に存在していて、多くのモノを残している。想い出や言葉や息子や家族。 容姿や仕草、そして声。 「この役は、自分にしか出来ない」 かなでは、歩幅に合わせながらリズミカルに呟いて、凛子の人生を心の中で追いかけた。 都内の女子高校では陸上部。 ポップカルチャーに詳しく、趣味はイラストと神社仏閣巡り。 短大を卒業後に、イタリアンレストランでアルバイトをしながら、レイヤーとして活動。好きなアニメのキャラクターに扮し、撮り溜めた画像はスマホに保存されてある。 「黒歴史だよ」 と、恥ずかしそうにこぼしていたと言うが、友人曰く、満更でもないらしい。 ハープティーや温泉も好きで、江國香織や三浦綾子の小説を愛していた。 幼い頃に飼っていた猫の名前は鈴吉。 普段着ではスカートは履かない。 ジーンズにこだわりがあって、特にボブソンがお気に入り。 GRMブランドを好んで、行きつけのショップは浦和のバルコ。 酒に弱くて、絶叫マシンが嫌い。 お化け屋敷は大嫌い。 家族写真はいつでも笑顔。 息子は翔太君。 夫婦は名前で呼びあっている。 写真を撮るのはパパの役目。 だから、家族写真はいつもふたり。 かなでは、ふと思った。 凛子に会ってみたかったなと。
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