第三章 通勤電車 再び

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 お話の全部が全部、妄想だというわけではなくて、夫に言われた言葉は本当。  昨日の夜、子どもたちが寝たあとに夫にさんざん愚痴って、落ち着いた私に夫が言ったのだ。 「辞めればいいんじゃない?」  子どもが産まれる前の私にとっては、生活の大部分を占めていた仕事は大切なものだった。自分を証明するものであり、プライドであり。  けれど、時短勤務で向き合う仕事はそうではなかった。  仕事相手も、時短勤務の私には満足させられない。時短勤務というだけで、明らかに不満を現す相手もいた。私を担当にされただけで甘く見られているとでも思うのだろうか。  もちろん仕事のクオリティは下げたつもりはないし、今まで以上に不備のないよう頑張っているつもりだ。でも、相手にはそうはとられない。時短勤務がレッテルとなり、私に張り付いてくる。  同僚に対しても、時短勤務の分だけ負担をかけているという思いが積もって、自然に卑屈になり、謝る回数も増えた。  家に帰っても、時短勤務なのだから家事や育児を頑張らなくてはと思いつつ、疲労で体がうまく動かない。結果、子どもに当たってしまう。何もかも空回りだ。  たぶん、気づかないうちにいっぱいいっぱいだったのだと思う。体は時短勤務のおかげで無事だったけれど、心の方が。  そんな私の耳に夫の「辞めればいいんじゃない?」という言葉は、思いのほか優しく響いた。  「なんで私が」という思いも少しはあったけれど、「そうか、辞めるという選択肢もあるのか」とも思えて。  たぶん、仕事と子育てを両立させてバリバリやるぞ! というまでのモチベーションが私になかったのだと思う。  夫の言葉がなかったら、私は知らないうちに無理をして、自滅していたかもしれなかった。  そして、プロ野球選手が引退を決意するのはこんな気持ちになった時なのかな、とか、そんな変なことを考えた。    昨日までと少し違う気持ちで迎えた日に、奇跡的なボーダーおソロと出会った。  それはやっぱり、とってもラッキーな気がした。  
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