第三章 通勤電車 再び

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 今日も私は通勤電車に乗っている。  いつの間にか、おじさんのジャンパーの色がカーキ色から黒に変わっていた。  カーキ色のジャンパーはファン付きのようだったから、冬は寒いのかもしれない。きっと、黒のジャンパーは防寒用だ。  いろいろと考えをめぐらせる。  私も電車内に汗が滴り落ちることはなくなり、マフラーを首に巻いている。  いつもの時間のいつもの電車、いつもの通勤客達のいつもの風景。そのいつもは、いつも少し違っている。  通勤電車は私を日常から少し違う世界に連れていってくれた。だから私は決断できたのかもしれない。  先日、辞表というものを提出した。  初めて書いたものだったから、いろいろと戸惑いながら。  前もって上司に許可を得るというのもおかしいけれど、いろいろと相談してから書いたものだったので、ドラマみたいな衝撃を職場に与えたりはしなかった。  それは、静かに提出されて、静かに受け取られた。  知っているのは上司だけで、同僚たちはまだ私が辞めることを知らない。  上司は理解がある人で、同僚たちも優しかったから、私の事情も考慮して職場内でいろいろと働き方を考えてくれた。  でも、私にはその優しさが受け止めきれず、申し訳なさでいっぱいになってしまって……。    たぶん、そんな私の気持ちを理解してくれたのだと思う。だから上司は、引き止めはしなかった。  それが嬉しくもあり、少し寂しくもあり。    20年近く勤めてきた仕事だから、それをもうすぐ辞めるという今の気持ちを一言にまとめられないのも仕方がないと思う。
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