4.初めての恋

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4.初めての恋

「おはよう、岸野くん」 約束していたからに他ならないのに、 翌日の朝、王子駅で川瀬に挨拶された僕は、 川瀬の顔をまともに見られずにいた。 昨夜は焼肉を皆で食べ、 21時過ぎに川瀬と帰宅したのだが、 それから明け方まで川瀬の顔が ちらちら浮かびっぱなしで、 全く眠ることができなかったのだ。 「あーおはよう」 川瀬に取ってつけたように返事をして、 熱くなる右頬を軽く押さえると、 「どうしたの?大丈夫?」 と不思議そうな顔をした川瀬に訊かれた。 「な、何でもない」 いったいどうしたというのか。 昨夜も大概だったが、 川瀬に会ったら余計、鼓動が速くなり、 息が苦しくなっていく。 これではまるで、 川瀬に恋をしているみたいだと思った。 川瀬は友達で、僕と同じ男だぞ? 落ち着け、落ち着くんだとホームに立ち、 川瀬の隣でそっと自分の心に囁いていると、 不意に川瀬に右腕を掴まれた。 「か、川瀬?」 ふらついた訳でも、 誰かにぶつかりそうになった訳でもない。 突然のことに驚いて川瀬に問いかけると、 川瀬はまっすぐ僕を見つめ、微笑んだ。 「このまま」 「えっ」 「いや。何でもない」 川瀬の意味深な言葉に目が眩み、 その瞬間にダメだ陥落したと思った。 こうして僕は、 決して抗うことのできない初めての恋心を、 朝の王子駅で強く自覚したのだった。 さて、この気持ちをどうしたらいいのか。 そもそもどうすればいいのか、 講義が始まる教室で密かに考えていた。 他の講義を受ける川瀬に別れ際、 「明日は僕の方が早いから、また明後日ね」 と言われて思わず、 「いやっ、一緒に行く」 と返事をして、川瀬に笑われてしまった。 おかしな奴だと思われただろうなあ‥‥。 それでも、 一度走り出した気持ちを止めることは もうできなかった。 果たして友達になった川瀬に、 好きだって言ってもいいのだろうか。 その時ふと、中島のことを思い出した。 自分と同じ男を好きになった中島も、 告白するまでに悩み苦しんだのだろうか。 今の今まで考えもしなかったが、 中島と同じ立場になって初めて、 同性を好きになることの葛藤を理解した。 「きーしのくんっ、おはっ」 「お。秋津、おはよう」 前の席に座ってきた秋津に微笑みながら、 ちょっと訊いてみようと思い立った。 「ねえ」 「何何」 僕は手招きし、 顔を近づけてきた秋津の耳元で囁いた。 「好きな人にアプローチしたいんだけど、 どうやったらうまく行くと思う?」 この僕の発言は、秋津だけに留まらず、 佐橋そして、川瀬にLINEですぐに伝わった。 その日の昼休み。 別の講義を受け終わった川瀬と佐橋と、 学食で合流した。 「岸野くん、初恋らしいよ」 秋津が興奮を隠しきれない様子で言うと、 佐橋が目をキラキラさせながら、 「どんな子?かわいい?」 と訊いてきた。 僕は目の前にいる川瀬を見つめながら、 かわいいというよりかっこいいんだよなあと 思って、曖昧に微笑んだ。 「何だよ、川瀬。さっきから黙ってて」 佐橋に突っ込まれた川瀬は、 とても困ったというような顔をしながら、 ぎこちなく僕に質問してきた。 「勝算は、ある感じなの?」 「嫌われてはいないと思うけど」 「そうなんだ」 明らかに気落ちしている川瀬の肩を、 すかさず秋津が叩いた。 「こらっ、いくら岸野くんにラブでも、 ちゃんと応援してあげなきゃダメでしょ?」 「えっ?」 今、ラブって言った‥‥?! 言葉を失った僕に、更に佐橋が畳み掛ける。 「川瀬って、岸野くんが転校してから卒業 までに体重を20キロも落としちゃったん だよな。自分に自信がなくて、岸野くんに 仲良くしてくれって言えなかった罰だって 必死でダイエットして、今の川瀬になった らしいよ」 「そうなの?!」 嬉しいばかりの言葉に、頬が熱くなる。 「参ったな‥‥」 そう呟くと、 川瀬は両手で赤くなった顔を隠した。 「で、岸野くんの質問に答えようか」 秋津が、川瀬の頭を小突きながら言った。 「ぜひぜひ」 「アプローチというか、俺なら絶対に 見つめずにはいられないよ」 「うん。オレもそう。あとはとにかく、 話しかける。一緒にいる」 佐橋も、話に乗ってきた。 「それでデートに誘う。買い物に付き合って とか、おいしいごはん屋に行きたいから、 一緒に行ってとかね」 「口実を作るのが大切だよな」 秋津が頷きながらそう言うと、 やっと顔を上げた川瀬が口を開いた。 「ねえ。岸野くんの好きな人って、 同じ大学の人?バイト先の人?誰なの」 「川瀬、必死過ぎ」 「大丈夫か?川瀬」 秋津と佐橋が激しく吹き出し、僕も笑った。 「秋津も佐橋もどうもありがとう。 早速、アプローチを頑張ってみるね」 「だからっ、誰なんだよっ」 大好きな川瀬が、 僕の発言で見事に取り乱している。 これが勝算ありと言わずに、 いったい何というのだろうか。 さて、どうやって川瀬にアプローチしよう。 少し考えてから、 目の前の3人を見つめ、僕はこう言った。 「あのさ。もし、この中に僕の好きな人が いるって言っても、引いたりしない?」
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