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 小学校高学年に上がった頃だったと思う。公園で遊んでいると、一人のおじさんがボーッとベンチに座っていた。疲れてたこともあって、僕は本当になんとなく、少し離れて同じベンチに腰を下ろした。  おじさんは僕が座る瞬間、チラッと僕を見た。そしてまたすぐに視線を真正面のブランコの方角に戻した。  特に会話はなく、気まずい空気が流れて、すぐに立ち上がってまた遊ぼうと思った時だった。 「サッカー、楽しいか?」    おじさんが僕の方を向いていて、話しかけてきた。微笑んだその表情を見て、不思議と嫌な気持ちにはならず、うん、とだけ返した。 「そうか。子どものうちは元気に遊んでおきなさい。大きくなったら、そんなことすらできなくなってしまうから」  視線を前に移して呟くように言ったおじさんの顔は悲しそうに見えた。 「おじさんは元気じゃないの? 何か嫌なことでもあった?」  僕の問いかけに、おじさんはゆっくり目を瞑って語り出した。 「Aという人間がやっても許されることが、Bという人間がやったら許されないことがある……Aという人間には頼みづらいことが、Bという人間には頼みやすいことがある。Bはどうなると思う? 言いたいことも言えずに、やることばかりが増えていく。男女差別を問う前に、人間差別が発生する。全く違うCという人間もいるかもしれないが、大抵は二択なんだ。どっち側の人間になるかの選択肢は自分にはない。……君は将来どっちの人間になるんだろうな」  子どもには訳の分からない話だったな、とおじさんは笑った。僕はその時あまり理解できなかったが、その会話を忘れたことはなかった。成長するにつれて、おじさんが言いたかった意味が理解できるようになった。  その後、何度か同じ時間にその公園に行ったけど、二度とおじさんに会うことはなかった。
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