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“闇夜月のセレスティナ”。
それが一族の号と名前。
くるぶしまであった、まっすぐな黒檀の髪。禍月の赤い色の瞳。星の光の白い肌。もうすぐ、数ある魔王家の一つの最適者として、晴れやかに新魔王の座に就くはずだった。姿かたちだって、こんなちんちくりんではなく。ヒトで言えば二十歳そこそこのはず。それが、なぜ。
「どうしろって言うの……? 体だけじゃない。魔力もない。あげく、こんな脆弱な体に閉じこめられて。流石は魔族のお手本みたいな非道ね? 恥ずかしげもなく、ひとを騙し討ちにして。そこまでして王位が欲しかったのかしら。あの、性悪従姉妹……ッ!!」
独り言ち、歯嚙みしたところでハッと気がついた。
うしろの草むらから何か、来る。
とっさに荷物を掴み、素早く丘陵地へと駆け上がった。わずかだが背の低い灌木の茂みがある。その影へ。
――――ザザザッ、メキメキ!
すると、元いた草地はクリアブルーの巨大なスライムによって、めちゃくちゃに飲み込まれていた。間一髪。
(あ、危ない……)
ほっと息をつき、身を縮こませる。
あいつらに嗅覚はないし、物の形をぼんやりとしか捉えられない。対処法としては間違っていない。このままやり過ごせば、エサと認識されることはないだろう。
たかがスライム相手に、なぜこんな……と、嘆かわしくなるが、こんなところで、一人ぼっちで死ぬわけにいかない。
たとえ、大した力のないちっぽけな人間だろうと、“セレスティナ”だった頃の『常時魔力探査』が使えるなら大丈夫。生き延びられる。
「うーん。口惜しいけど、このまま城を探すのは悪手ね。普通の人間は魔領の奥地に入れないし。あいつ、やり手の仲間と共謀したんだわ。でなきゃ、あんな脳筋に“魂魄移転陣”なんて大技、できるはずないもの。でも、このままじゃ里に戻れない……。なんとか、対抗勢力を束ねないと」
ぶつぶつと口に出して考えていると、はた、と気が付いた。
きっと今ごろ、ほくほくと魔王を名乗っているだろう愚かな従姉妹を廃せるとすれば、それは。
「…………『勇者』に討ち取らせるしかない、か。ちっ、面倒な」
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