序章 2 君の名は

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 煙の出どころは商隊の馬車だった。護衛らしき杖持ちの魔法使いが倒れていることから、火魔法が暴発したのかもしれない。  死体と血溜まりを照らしつつ、今なお(くすぶ)り続けている。  ――彼らがやっていることは下っ端魔物による人界への急襲よりも性質(たち)が悪い。  魔物は本能的に生き物を殺すだけだ。それ以上はやらない。  彼らは、いわゆる冒険者や探求者とも呼ばれる“シーフ”ではなく、根っからの野盗なのだ。あるいは、傭兵崩れのならず者集団かもしれないが……。 「おらっ。ここに入ってな。妙な真似はすんなよ? 外の始末が終わりゃあ、さっさと移動だ。大人しくしてろ」 「っ!」  背を押され、放り込まれたのは壊れていない幌馬車だった。薄暗い中、ひとが何人も固まって座り込んでいる。  さめざめと泣く者、こちらを凝視して身を固くする者。その数六名。若い女ばかりだ。  さて、どうしたものか……と、思案に暮れていると、一人の娘から声をかけられた。 「あなた旅人? なんて運の悪い。捕まってしまったの?」 「あ、ええ。たしかに運は悪いほうみたいだけど……。ちょっと待って。これを」 「?」  首をかしげた女性はやや年嵩で、目立たない風貌をしていた。結い上げた髪は乱れ、あからさまに頬が腫れている。容赦ない折檻(せっかん)の痕に思わず眉をひそめた。  腰のポーチを探り、元の体の持ち主が常備していたらしい布に携帯薬を浸して渡す。 「患部に。多分傷薬だわ」 「えっ」  女性は目をみひらき、礼を述べ、おずおずとそれを受け取った。(いた)た、とこぼしつつ頬に当てる。 「ありがとう。でも、外の彼らに比べればこれくらい……。あいつら最低よ。神の怒りがくだればいいんだわ」 「神の怒り?」  人間が崇める神にはいろんな種類があるはずだが、そんなにほいほいと神罰をくだすような神は聞いたことがない。  いれば、魔族(じぶんたち)はとっくの昔に消し炭だろう。  真剣な面持ちの自分に、彼女はほろりと笑んだ。
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