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けれど彼ははっきりと、こんなことになってしまったからには一緒にはなれない。別れよう、とユーディットに告げた。
言葉を失うユーディットを置き去りにしたまま、慰謝料は払うと義務的に答え、彼は婚約を一方的に解消した。
それから、ユーディットの時は止まっている。
日をおいた今でも、怒りよりも困惑が勝っている。と同時に諦めも。
両親は娘を慰めるよりも、公爵家との縁が断ち切られてしまったことに危機感を抱き、頭を悩ませていた。数年前、父が多額の額を投資した会社が潰れ、その借金が家計を逼迫し、没落寸前といった状況であったから。
早急に次の婚約者、我が家を救ってくれる金持ちを見つけねばならない。ユーディットの心は焦り、けれども夢を見ている心地で毎日を過ごしていた。
「久しぶりだね、ユーディット」
「……まぁ、スヴェン」
顔を上げ、目の前にいた青年の姿にユーディットは沈んでいた気持ちがいくらか浮上した。今の自分に何の躊躇いもなく声をかけることができるのは彼くらいだろう。
「大変だったみたいだね」
他人事、なのだけどまるで天気の話でもするような口調に思わず苦笑いしてしまう。
「遠い昔の出来事じゃないのよ? 今もまだ大変なの」
「ああ、ごめん。新しい婚約者を探してるんだよね」
「ええ。でもおそらく、伯爵のもとへ嫁ぐと思うわ」
ベルンハルト・ブラウワー伯爵はユーディットより二十歳、年上の男性だ。
結婚もしていたが若くして妻に先立たれ、それからずっと幾人もの女性と浮名を流していた。彼にはたしか一人息子がいたはずだから、ユーディットは子持ちの母親ということになるわけだ。
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