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「死ぬ勇気はわたしにはないわ」
「うん。だからほっとした」
少し彼に意地悪したくなり、ユーディットは恨みがましく言った。
「あなたが代わりにわたしと結婚してくれるなら、もっと安心するわ」
スヴェンは沈黙して、やがてそれは無理だよと力なく笑った。
「僕の家だって誰かの施しを貰わないとやっていけない状況なんだ。きみだって、僕の婚約者が僕を捨てたこと、覚えてるだろう?」
「……彼女はあなたのこと、愛していたわ」
許さなかったのは彼女の両親だ。
「知ってる。だから、しょうがないことなんだ」
彼はとっくに諦めているから、そんなに明るく答えられるのだとユーディットは気づいた。
「あのね、ユーディット。僕を美しいと言って、可愛がってくれる奥方がたくさんいるんだ。施しもたくさん……だから学校にもこうして通わせてもらってる。母さんの拵えた借金も、その人たちが口を利いて期限を延ばしてもらえたんだ」
「……あなたはそれでいいの?」
ユーディットがそうたずねると、彼はうんと目を合わせないで答えた。
「身体の弱い姉さんにはこんなこととてもさせられないけど、僕は男だし、なんとかなると思ってる」
彼も、自分もひどくちっぽけな存在で、翻弄されるしかない運命にただ悲しくなった。
「どうしてこんなことになってしまったのかしら……」
「そうだね……でもね、ユーディット」
スヴェンは立ち上がり、ユーディットの前にしゃがみこむ。そうして彼女の手を取り、真っ直ぐとその目を見つめた。
「僕はどんなに自分が落ちぶれても、汚れても、生きることは諦めたくない。生きていれば、あの時生き抜いてよかったと思える日がいつか必ず訪れると信じている」
だからきみも生きるんだ。辛くても、死にたいと思う目に遭っても。
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