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『なんでこんなことが普通に出来ないんだ』『奥さんなのになんでこんな帰り遅いわけ?』『ってか生活全般だらしなさすぎるよ。どうなってんの?』……ああ。過去の傷にいまだ蝕まれている。弱いわたし。
「どうした結愛ちゃん?」
見れば、青年が――長身を屈めて、わたしの目を覗き込んでいた。「なんか……悲しい顔してんね。どした?」
この青年は、ひとの変化に目ざとい。わたしが仕事で苛々していた日なんか、一発で、見抜かれてしまう。
わたしは笑い返した。「ううん。……っていうか、伊織くん。そろそろ……よくないよ」
「うん?」と言った伊織くんは、入るよ、と言ってわたしの横をすり抜けて中に入り、慣れた仕草で、タッパーをダイニングテーブルに置いてから、
「どした?」――そんな。
完全に気を許したワンコみたいな態度、……誤解しちゃうじゃないの。馬鹿。
すると実に自然な所作で青年は腕を広げた。「……おいで。結愛……」
だから。勘違いしちゃうじゃないの。馬鹿。
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