◇02. お隣さんの、ハグ。

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 頭では分かっているのに……このひとは、別に、わたしに好意があるからこれをするのではないのに。駄目だとこころでストッパーをかけているはずなのにいつの間にか、美味しい料理、素敵な青年、そしてジェントルな態度に全部、……積もっていた感情が津波のようにあふれだす。 「……っく」  ぼすん、と青年の胸でバウンドした。すると。しっかりと、背中の後ろにまで手が回される……急速に脳が沸騰する感覚。わたし、……抱きしめられている……!!  けど。  何故か。涙がすさまじい勢いであふれだす。……泣いて。泣いて、泣いて。泣いて。いったいなんのために泣いているのかすら分からず。いろんな日常。仕事の不条理。混雑した満員電車。すり減った靴底。かかとに出来た靴擦れの跡。知らないうちについていたワイシャツの黄色い襟の染み。くったくたの革製の名刺入れ。整理しきれていない山盛りの名刺……。  全部、全部がこの胸を刺す。そして。彼の作るあたたかな手料理がこの胸を焦がしていく……。わたし。
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