理不尽には理不尽を

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理不尽には理不尽を

 あのベレー帽の男が、兵士たちをかきわけてドーンという感じで現れた。 「あいつよ。あいつが、このわたしをいわれなき誹謗中傷で叩きのめしたのよ」  右の人差し指を「ビシッ」っとベレー帽の男へと向け、断言をした。 「な、なんだと?なんだ、変わり者のメイドじゃないか」  彼は、またわたしに理不尽極まりない言葉を叩きつけてきた。 「ちょっときいた?いまの、きいたわよね?ずっとあんな調子なのよ」 「クミ。ああ、きいたさ。きいたから、ちょっとだまっていてくれないか?」  アニバルが、しゃしゃり出てきた。 「おいっ、これはどういうことだ。その軍服は、ブリオ公爵家の私兵が着用している軍服だな。ブリオ公爵家が、なぜ隣国にまで出張って騒ぎを起こす?っていうかおまえ、どこかで見た顔だな」  そして、彼が吠えた。 「ちょっと待ってよ」 「なんだと?」  わたしとベレー帽の男の言葉がかぶった。 「クミ。おれはいま、あいつと話をしているんだ……」 「わかっているわよ。だけど、あのベレー帽の男、わたしを誹謗中傷したばかりかあーんなことやこーんなことをしようとしていたのよ。それなのに、黙っていられる?ねぇロボ、あなたも見聞きしたわよね?」  チラリと右肩上のミニモフモフを見てから言葉を続ける。 「な、なんだって?あ、あーんなことやこーんなこと?」  突然、アレックスがワナワナと震えだした。  きっと想像しているのね。さすがはスケコマシだわ。  レディとしては、そんな彼の想像を邪魔するべきじゃないわよね。 「遠い東の大陸にあるどこかの国の小説の中に、『ここで会ったが百年目』って台詞が出てくるのよ。『ここで出会ったのは、おまえの運の尽きだぜ』、みたいな意味だと思うんだけど。まぁ、それが正しいかどうかはわからないけど。とにかく、そういうイヤらしいことを企んでいるあいつに、目に物見せてやりたいわ」 「キュキュキュン」  右肩上で、ロボが同意するようにモフモフの体を左右(・・)に振っている。 「な、な、なにいいい?何をとち狂ったことを」  ベレー帽の男は、わたしがとんでもないことを叫んでいるかのように吐き捨てた。 「みんな、きいてちょうだい」  ちょうどいい機会だわ。これだけ大勢の人がいるんですもの。ベレー帽の男の不行跡を訴えてやる。 「あなたたちがどこの黒幕の下っ端要員かは知らないけれど、とにかくきいてちょうだい。あなたたちを取りまとめているそのベレー帽の男。たぶん、黒幕にいいように使われている使い捨ての駒の一人だと思うんだけど。それはともかく、彼は自分の任務も忘れてこのわたしをどうにかしようとしたのよ。こんなのって、使い捨ての駒のやることじゃないわよね?いたいけな女性の身体や精神をあーんなことやこーんなことをして弄ぼうとするなんて……。信じられないわ」 「な、なんてことだ……」 「アレックス、いちいち絶望しなくていいから」  アレックス、そんなに興奮しないで。  彼を冷静になだめるアニバルを見ながら、苦笑してしまった。 「ち、ち、違うっ!あの女をよく見ろっ。そそられるか?だれか、そそられる奴はいるか?この嘘つき野郎っ!大嘘もいいところだ」  ベレー帽の男は、激怒した。わたしを指さし、大声を張り上げる。 「ほら、きいたでしょう?人間(ひと)って、真実を告げられると激怒するのよ。大声を張り上げて正当化しようとするの。大嘘つきは、わたしじゃないわ。あいつよ。そこのあなた、どう?わたしを見てどう思う?そそられないってこと、ぜったいにな・い・わ・よ・ね?」  正義が問われる最大の見せ場。思わず、熱くなってしまう。  一歩前に出、ベレー帽の男の近くにいる兵士に尋ねてみた。  自分でもセクシーだって思える笑みを添えて。  その兵士と視線が合うと、彼の体が痙攣を起こしたかのように震えた。  さらに一歩前に出ると、よほどわたしのセクシーさにあてられたのか、彼は一歩うしろに下がった。 「こいつは最高だ。どうやら、おれの出番はなさそうだな」 「アニバル様。お嬢様が、お嬢様が大変なことをしでかす前に止めてくださ……」  アニバルとカルラが、うしろで何か言っている。  そのとき、アレックスがまた叫んだ。 「そそられる。クミ、そそられるさ。だれだってそそられる。そそられない奴は、見る目がない大バカ野郎だ」  その突然の叫び声に、だれもが彼に注目した。  アレックス……。  いくらなんでもそんな恥ずかしいことを堂々と言ってのけるなんて、あなたはやはりあなた自身の小説の主人公元宮廷楽士のセシリオと同じじゃない。  スケコマシの主人公そのものだわ。  あらためて、彼の本性を垣間見た気がした。
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