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旅立ちの巻
いつも助けてもらったりアドバイスしてもらっているご近所さん数軒をまわり、不在時の家畜の世話をお願いした。
ありがたいことに、みんな嫌な顔一つせず快諾してくれた。
モリーナ王国に行くと決めてから準備が整うまで、そう時間はかからなかった。
お昼過ぎには、いつでも出発出来る状態になっていた。
「あの連中、どうなったかしらね。ここに来るかしら」
「ロボがあしらったんだったら、すぐには来れないだろう。そのベレー帽の男一人ではどうにもならないだろうから。手下を集めるにもすぐにはムリだ。とはいえ、モリーナ王国から呼び寄せるとしても時間がかかる」
わたしの問いに、アニバルが指先で顎をさすりながら答えた。
「とはいえ、隠れ家には戻らない方がいいだろう。出来るだけ接触は避けたいから」
「そうだね、アニバル。だが、馬は必要だよ。馬車の馬は、馬車用の馬だから」
「乗馬用の馬なら、カルラとわたしの馬がいるわ」
アニバルとアレックスの会話にわりこんだ。
「二人とも乗馬を?」
「ええ、殿下。なにかのときに必要かもしれないので、ここに移ってきてからお嬢様に教えていただいたんです」
「わたしは、もともと乗馬が好きだったから」
「だったら、問題ない。馬車に二人乗ればいいからな。もしも馬が必要になったら、道中どこかで買えばいい」
アニバルが言い、さっそく出発することになった。
家畜たちに挨拶した。みんな、快く送り出してくれた、と思うようにしておく。
裏庭の出入り口は開けておく。ご近所さんたちが出入りする為である。
万が一のことをかんがえ、ご近所さんの一人に鍵を預けておいた。
そして、出発した。
暴力と謀略の世界へ、この身を投じる為に。
馬上、別荘の方を振り返ってみた。
二年間、自分を取り戻す為にすごしたわが家。
もう二度と戻ってこれないかもしれない。
凶刃に斃れるかもしれないし、アレックスの王太子という座を巡るやり取りで処刑されるかもしれない。
さようなら、スローライフ。
最後にもう一度、別荘を目に焼き付けておく。
そして、前を向いた。
もう二度と振り返らなかった。
なーんて、小説の主人公や主要登場人物の出発のシーンを気取ってみた。
ちょっとだけカッコいいかしらね?
自画自賛しておく。
出発してから、とりあえず例の森の中の近道を提案しようと思った。
湖までにルートを決めておいた方がいい。
正規の街道を行くなら、途中でそのように道を選択しなければならないからである。
「やっぱりダメだ」
カルラの馬に乗っているアレックスが、馬上でつぶやいた。
「アニバル、隠れ家に八巻の改稿中の原稿と九巻のプロット作成の用紙が置いてある」
「冷静にかんがえてみたらそうだよな。どちらも重要だ。アレックスが死んだとしても、それさえあれば八巻は確実に発売出来るし、九巻はプロットにそって代筆してもらえばいい。たとえば、クミにでも」
「それは、ぜったいに必要よね。殿下がこの世からいなくなるとか、モリーナ王国を追放されてどこか遠くに流れて行ったとしても、あと二冊分は多くのファンを楽しませることは出来るもの。アニバル。なんなら、わたしがんばってみるわ。プロットさえあれば、アンチ恋愛物のわたしでもどうにかなるかもしれないし」
馭者台で手綱を握っているアニバルに申し出てみた。
わたしってば、太っ腹よね。
「お嬢様。いくらなんでも、いまのは殿下に対して失礼すぎます」
すかさず、カルラに注意をされてしまった。
それもそうよね。というわけで、反省。
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