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人生設計
「ここを去るのはもったいないな」
アニバルは、馬を御しながらカルラに言った。
「おれたちの隠れ家もだが、きみらの別荘も生活しやすいだろう?この地域が住みやすいんだな。ここなら、子どもが四、五人いても充分剣や体術の稽古をさせてやれる」
「なんですって?子どもが四、五人?剣や体術の稽古をさせてやれる?」
シンプルに驚いてしまった。アニバルは、カルラとの人生設計を完璧に立てている。
「アニバル、気がはやすぎないか?」
アレックスが冷静に指摘した。
ええ。たしかにそうね。
「いいじゃないか。なぁ、カルラ?」
「アニバル様、そんな」
カルラ、いやだわ。美しい顔を真っ赤にして、そんな可愛いらしい反応をするなんて。男性は、こんなレディっぽい仕草がたまらないのよ。
「アニバル、殿下の言う通り気がはやすぎるわよ。男の子ばかり四、五人って、育てるのが大変すぎるわ。カルラの体力がもつかしらね?それに、男親だったら女の子もほしいでしょう?最初は女の子。それから男の子。そのつぎは女の子で、最後は双子の男女。これでどう?」
「クミ?いや、ぼくの言いたいのはそこじゃない」
「えっ、なんですって?」
すぐ隣にいるアレックスが何か言ったけど、まぁいいわね。
「アニバル、ちゃんと手伝いなさいよ。育児も家事も、けっしてカルラ一人に押し付けないで。殿下のお守りとか使い走りで大変かもしれないけれど、そこはちゃんと労働時間の制約や休日の取得をちゃんと守ってもらって、家庭サービスしなきゃ」
「ああ、わかっているさ。というわけだ、アレックス。おれたちに子どもが出来たら、しばらく休業させてもらうとしよう。一応、おれも王子の一人だからな。働かなくっても王家に名を連ねているお蔭でそこそこの手当はもらえる。外で働かなくても、カルラと大勢の子どもたちを養えるだけの実入りはある。もちろん、貯蓄もある。養育費はもちろん、カルラとおれの老後の為に貯めているんだ」
「なんてことなの!アニバル。あなた、そこまで真剣だったのね」
思わず、叫んでしまった。
最初こそ、カルラを誑かしたり弄んだりするだけかと思っていた。だから、反対した。不信感もあらわに、アドバイス的なこともしてしまった。
だけど、そこはわたしが間違っていたわけね。
アニバルは、ほんとうにカルラのことを愛している。
彼になら、カルラを託せる。
思わず、涙が出そうになった。
「いや、どうかんがえたって何か違う気がする……」
「ごめんなさい、殿下。よくきこえなかったんだけど、もう隠れ家に到着したの?どこかしら?」
そのとき、アレックスがすぐ隣で何かつぶやいているのに気がついた。
彼も感動しているのね。
だけど、いまは感動しまくっている場合じゃないわ。
というわけで、いま立ち向かわねばならない話題へキッパリすっきりときりかえた。
「キュキュキュッ」
ロボったら。めちゃくちゃ可愛いわ。
アレックスが答えるよりもはやく、ミニモフモフが肩上で跳ねてわたしの「隠れ家に到着したの?」の問いに答えてくれた。
「ああ、もうすぐだ。そこの角を曲がったら見えてくる。もしも、連中が見張っていたら丸見えだ。ここの筋から裏手にまわろう」
アニバルが馬車を停止させた。小さめだけど分厚い手が、右側の脇道を示している。
両脇の家には白い壁と窓が幾つかある、オーソドックスな脇道。
脇道、といってもわりと幅はある。馬車一台、ギリギリ通過出来る。
「じゃあ、こっちから行きましょう」
脇道へそれた。
見上げると、二階の窓に手すりがあって、そこにテーブルクロスのような大きな布が干されている。壁の色とおなじ真っ白で、微風に揺れている。
脇道を抜けると、開けた場所に出た。
用水路が見える。
食器や食材を洗ったり、洗濯をする共同の用水路みたい。
家々の裏口は、暑さしのぎの為か開いているところが多い。
住人の幾人かは、建物の蔭に椅子を置き、そこで涼んでいる。
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