元夫の惨状

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元夫の惨状

「ビックリした」 「クミ、いい加減にしろ」 「お嬢様、またですか?」 「キュキュキュッ!」  てへっ。またやっちゃったわね。  ついつい叫んじゃった。  わたしたちのテーブルの周囲のお客さんたちも、驚き顔でこちらを見ている。 「みなさん、失礼いたしました」  申し訳なささいっぱいです的なオーラを全身から醸し出しつつ、周囲のお客さんたちに謝罪した。 「これって偶然じゃないわよね。こういう偶然を装った必然も、小説あるあるですもの。殿下。元夫の名もセシリオなの。もっとも、元宮廷楽士のセシリオと違って、リアルなセシリオは史上最低最悪な下種なんだけど。とにかく、夫婦だった二年間で彼がわたしに声をかけたのは最後だけよ。婚約時代から合わせたら、浮気する宣言をしたときの二度だけね。もちろん、最後は離縁するっていう宣言だったけど」 「ひどい話だよな。なぁ、アレックス?おい、アレックス。どうしたんだ?」  アニバルがアレックスの肩をつかんで揺するも、彼は反応しない。ただ、テーブル上で握りしめられている両拳が激しく震えている。  気がついたら、食堂内は静けさを取り戻していた。お客さんたちは、朝食の続きに戻っている。  食堂の店員たちは、先程の騒ぎで床に飛び散ってしまった料理や割れた食器やグラスを掃き集めたり拭いたりしている。  どうやら、元夫は彼を捜していたであろう連中に連れだされてしまったみたい。  まっ、もう関係ないからいいんだけど。 「お嬢様。先程はとぼけていらっしゃいましたけど、事情をご存知なんでしょう?」 「さすがね、カルラ。そうよ。さっきの元夫の悲惨な状況のことは想定済みよ。彼がわたしを離縁してあたらしく迎えた妻のビクトリアだけど、彼女はとんだ悪党なのよ。これは、まだずっと前にたまたま目撃したんだけどね」  そう前置きしてから、説明をした。  ビクトリアは、帝都を根城にしている組織のボスの女である。その類稀なる美貌とセクシーさ、それから演技力で、主に貴族や裕福な資産家や商売人を相手に悪さを働いている。  彼女たちは、元夫セシリオに目をつけた。  わたしが彼に離縁されるように作戦を練り、長期的に実践して見事離縁されたように、彼女たちも何年もかけてセシリオを、というよりかはグレンデス公爵家の全財産を奪い取る為に作戦を練り、実行に移した。そして、財産を奪ったばかりか公爵という地位そのものを奪い、底のない谷に落としてしまった。  まさしく、ミステリーかバイオレンスに出てくるようなストーリーよね。  わたしはそれを、たまたま図書館に行ったときに知った。  ビクトリアが、いかにも悪党っぽい連中とつるんでいるのを見かけたのである。  わたしもそういうストーリー展開を書いたことがある。即座に悟った。それは直感ではなく、確信だった。  密かに探偵を雇い、調べてもらった。  調査結果は、わたしの確信した通りだった。  ただ、そのときにはセシリオが自滅するくらいにしかかんがえていなかった。  当然、そのことを彼に告げるつもりはなかった。彼がわたしの話をきくわけはないから。それどころか、わたしと二人っきりになることもなかったから。  正直、そのときにはまさかグレンデス公爵家がアラニス帝国から永遠になくなるとまでは思わなかった。  あっ、公爵家がほんとうに消えたかどうかはわからない。もしかしたら、落ちぶれたのはセシリオだけかもしれない。  でも、それもどうかしら。  わたしとの間に子どもがいるわけはなく、ビクトリアが彼との子どもを産んだとはかんがえにくい。  セシリオには兄弟姉妹はいない。  後継者がいなければ、たとえグレンデス公爵家が存続しているのであっても、皇族が定める管理人が管理している可能性がある。  そうなったら、グレンデス公爵というのは名ばかりということになる。 「それは、自業自得ってやつだな」 「お気の毒、とは言えませんね」  わたしの話が終わると、アニバルとカルラが大きくうなずきつつ思いやりのある感想を述べた。 「アレックス?」 「殿下?」 「殿下?」 「キュキュッ?」  そのとき、アレックスが床を蹴るようにして立ちあがった。  アニバルとカルラとロボと四人(・・)で、彼の美貌を見上げた。
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