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アレックスが食堂から飛び出していった!
「許せない」
アレックスのだらりと下がった両拳は、あいかわらずフルフルと震えている。というよりかは、全身震えている気がする。
「言わなければ」
彼は、意味不明なことをつぶやいている。
いったいどうしたのかしら?
なにかの発作?それとも、頭の中のネジがゆるんじゃった?
こういう精神的に何かっぽいのは、小説の中ではなくって小説家自身にあるあるなのよね。
つまり、心が不健康な状態になってしまうってこと。
「そうだ。はっきり言ってやるんだ」
彼は、自分の中で何かを決断したみたい。
直後、彼は駆けだした。尻尾に火をつけられた魔獣みたいに。
「アレックスッ!」
アニバルの叫びも虚しく、あっという間に彼の姿は食堂の外へと消えてしまった。
「ねぇ彼、どうしちゃったのかしらね?」
椅子の背に背中をあずけつつ、だれにともなくつぶやいた。
「そうですよね」
カルラは両肩をすくめた。
「もしかして、お腹でも痛くなったのかしら」
「お嬢様、さすがですね。きっとそうですよ」
「美貌の持ち主って、『うんこ』をしたくなってもカッコつけるんですもの。それか、王太子だから?どちらにしても、『うんこ』をガマンするって大変よね」
「お嬢様。食事をするところで『うんこ』だなんて、はしたないですよ」
「ごめんなさい。そうよね。だけど、『うんこ』ネタって作中でスパイス的に使えばけっこうウケるのよね」
「そうなのですか?だけど、わかるような気がします。それこそ、美貌の持ち主とか強面の人が『うんこ』って言ったり、ガマンしすぎて漏らしたりとか、ギャップがあっていいですよね」
「でしょう?もちろん、使いすぎるとただの『はしたない』だけど。そこは、さじ加減なわけ」
「おいおい、『うんこ』だなどとのんきなことを言っている場合じゃないぞ」
せっかく「うんこ」ネタでレディートークをしているのに、アニバルに注意されてしまった。
「コホンッ」
咳ばらいがきこえ、周囲のテーブルを見まわすと、周囲のおじいちゃんおばあちゃんたちがこちらを見ている。
彼らは「うんこ」ネタを作中で使うことについての是非を問うているってわけじゃないわよね、きっと。
「お食事中、失礼いたしました」
そこはちゃんと謝罪しておく。
「キュキュキュ―」
そのとき、ロボがテーブル上で飛び跳ねはじめた。
「ああ、そうだったわ。いまにも殺されるかもしれない殿下を一人にしちゃまずいわよね」
「うんこ」のことに夢中になってしまって、アレックスのことをすっかり忘れていたわ。
「追いかけましょう」
アニバルとカルラをうながす。
「ちょっと出てきます。お会計は、宿代といっしょに後で支払います」
こういうことはきっちりしているつもり。無銭飲食だなんて思われたくないし。
食堂の店員さんにそう告げると、食堂を飛び出した。
そうして、アレックスを追った。
「さぁミニモフモフ、殿下を追ってちょうだい」
右肩上のミニモフモフに命じてみた。
ちっちゃなモフモフでも、もとは魔獣。金色の狼ですもの。
犬みたいにアレックスをにおいで追えるわよね?
「お嬢様。その子も一応、狼型の魔獣ですよね?ワンちゃんみたいに殿下を追わせるんですね」
「カルラ、ズバリそうよ。ほら、アレジャーノご夫妻のところの鼻ぺちゃ犬がいるでしょう?彼女の鼻、すごいのよ。さすがは鼻ぺちゃよね。彼女はジャーキーが大好きらしいんだけど、ジャーキーをどんなところに隠してもぜったいに見つけるらしいわ」
「それ、ききました。すごいですよね」
「キュキュッ!キュキュキュッ」
カルラとご近所さんの鼻ぺちゃ犬のことで盛り上がっていると、ミニモフモフが右肩上で飛び跳ねている。
まぁ、いやだわ。よそのワンちゃんの話をしたから妬いているのかしらね?
だとしたら、すっごく可愛いわ。
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